43 星夜祭 3
馬車に乗り込むと、無駄にキラキラ輝くルーフェルムは対面ではなく私の横に座った。
馬車に乗って最初から私の隣に座るのは、多分今回が初めてではなかろうか。
隣でそわそわしている様子を見ると、彼が成り上がり令嬢を落とす作戦はもう始まっているのかも知れない。
わざわざ馬車に座るところから始めなくてもいいと思うのだが。
……万が一、成り上がり令嬢がこの場を目撃したところでよ。さほど心は動かないっつーの。……まさか、未だ視界にすら入れてもらえない? なんてことは、ないわよね?
そう思うと、無駄な足掻きをするほどルーフェルムは相手にもされていないのかと想像し憐れに思えてくる。
外見だけでは主人公のハートを落とすことは難しいのかも。彼も分っているから、少しでも成り上がり令嬢の視界に入りたくて頑張っているのかも知れない。
あぁ、そうだった……頑張っているといえば、小説の中でのルーフェルムも頑張っていたっけ。成り上がり令嬢に言われるがまま、彼女の願いを聞いていたわ。
小説を読んでいて、そこまでして気に入られたいのかと思っていたけれど。戦場で生き抜いてきた彼の唯一になった彼女の頼みだったから、何でも言うことを聞いてあげたかったのかも知れない。
そんなふうに考えていると、何だか胸の辺りにチリリと痛みが走った。
なんだかなー。馬鹿らしくなってきたわ。
こんな素敵なドレスを着てきたのも、美しく化粧をしてきたのも、彼とお揃いのイヤリングをしているのも……そんな私がルーフェルムの隣に立つのも。全てが馬鹿らしい。
妖精さんになれる可愛いドレスを贈ってくれたことだし……って、目を瞑ってあげようとした自分の思考を今更だけど理解できない。
(このモヤモヤ……もうやだ!)
……うん。止めよう。もう、止めてやる。人の恋路に首を突っ込もうとするからだ。たぶん、それでこんなにモヤるんだ。何かしら心に引っかかりがあるような……こんなの、私らしくないわ! こんな変な気持ちでいたくなーい! 問題を解決する一番の方法は……ルーフェルムの隣にいなきゃいいんじゃないか? それなら婚約者として最低限のことだけして、さっさと帰ろう。そうよ、帰っちゃえばいいんだわ! よぉーし! 言ってやる!
「ルーフェルム。先に伝えておきますが、強制参加と言われたので私はここまで来ました。……けれども、星夜祭が始まって皆さんに貴方の婚約者としての顔見せを終えたら先に帰らせていただきますね」
横に座っているルーフェルムにそう告げて、また車窓の外へと視線を戻せば王立学院の建築物が見えてきた。
すぐに返事が返って来なかったことで外の建物を眺めていると、しばらくしてから声をかけられる。
「どうして……急にそんなことを?」
小さな声だったが硬さを感じさせる声に振り返る。すると、ルーフェルムの射抜くような視線に思わず体が強張る。
「い、言うのが遅くなっただけですわ」
「違う。馬車での移動中でそう思ったんだろう」
「馬車での移動中で、明日の夏期講習の授業に出なくてはならないと思い出したのです」
「本当のことを言ってほしい」
「帰らせていただくことは、嘘ではありません」
「そうじゃないだろう」
ルーフェルムとの会話の途中だったが、高級感のある大きな建物の前で馬車は停車する。
彼の怒気と一緒に悲痛も伝わってくる。私の中の何かがそれを察知する。
……こんなことまで分かりたくないわ。
だって、そこから導き出されるのは……私が居なくなると作戦が失敗に終わるかも知れないということだ。だからといって、今の私はルーフェルムの役に立ってあげようとう気持ちはない。
ぐるりと会場を回ってルーフェルムが婚約者と参加していると周囲が認識し、成り上がり令嬢がどんな容姿をしているのか今後のために確認できたらさっさと帰るつもりだ。
外から馬車の扉が開かれ先に座席から立ち上がると、扉の前に立っている着飾った学生らしき男性が手を差し伸べてくる。
「ありがとうございます」
ふわりと微笑み、彼の手の上に手を重ねようとした瞬間、彼は「ヒィッ、も、申し訳ございません」と言って手を引っ込めた。
私の背後からの殺気が原因だと分かる。
私が手を出した瞬間、一気にそれが放出されたからだ。
どうしてここで殺気立つのか全く理解できない。彼は馬車から降りる私に良かれと思って手を貸してくれただけなのに。
あー、なるほど。婚約者の私が、他の男性の手をとっているところを成り上がり令嬢が見たとしたら、計画通りにいかないってことなのね。
「俺が先に降りる。……お、おい!」
後ろからルーフェルムがそう言っている間に、私はそのまま飛び出すようにして馬車から降りた。
数人に見られたが、構うもんか。どうせ私は最初から国立学院へ入学した変り者なんだし。王立学院の最高学年で入学したところで、ルーフェルムの婚約者である私に直接苦情を言える人物はいないだろう。
髪を払い堂々と背筋を伸ばしたところで馬車を降りたルーフェルムに腕を掴まれる。
それと同時に、私の視界に映し出されたのは一人だけ笑ってこちらを見ている人物だった。
「ウィラ、危ないだろう」
「彼に手を引っ込めさせたのは、貴方でしょう? その為によろけてしまい、あんなふうに馬車から降りることになってしまっただけですわ」
「そうじゃないだろう」
「ルーフェルム、ごめんなさい。友人がいるので挨拶をして来ます。こちらで待っていて下さい」
未だに笑っている人物に向かって歩き出すと、彼は笑いを止めて明後日の方向へと視線をずらす。
「ダーバスカル様。笑い過ぎですわ」
「や、ヤバいって! ウィステリア、それ以上俺に近づくんじゃない。俺、婚約者様に殺されそう!」
両手を前に出して首を横に振り、私が近寄るのを全身で拒絶するなんて、とても失礼ですこと。
さっきまで笑っていたと思ったら、今度は顔色を青くして……そんなに焦らなくても、これ以上は近づきませんよ。
「何よ。学院では私の頭に触れたくせに、今さら近づくなですって? それより、ダーバスカル様のお相手の方はまだいらしていないのですか?」
「もう来てるよ。先に会場に入ってる。まぁ、俺は婚約者じゃないからな。連れてこられたって感じだ。それより、早く婚約者様のもとへ戻ってくれよ。俺、生きたまま家に帰りたいんだけど」
「ふふっ。分かりました。では、今見た事を学院で皆に言い触らさないと約束して下さいますか」
「今見た事? 馬車から飛び降りたってことをか? 分かった。言わない」
「お願いしますね。では、また学院で……」
「あっ、ウィステリア。……そのドレス、凄く美しいぞ」
……ドレスね! そんなの分ってるわよ!
「あーそう。ありがとう」
棒読みでお礼を告げると、ダーバスカル様は手で頭をかきながら口を開いた。
「可愛いウィステリアに、に、似合ってるって事だからな」
「ふふっ。分かってる! ありがとう」
口止めをしなければと思いダーバスカル様のもとまで来たが、会話をしただけで胸の中にぐるぐると渦を巻いていた感情が無くなり、気持ちが軽くなった。
彼には、こんな使い道があるのだと自然に笑みが溢れる。
彼が急いで去って行くのを見送っていれば、後ろから伝わってくる怒気をどうにかしなければと頭を抱える。
「お待たせ致しました」
「今のは?」
眉を吊り上げてルーフェルムに尋ねられたが、彼が怒る理由が分からない。悪い事をしてきた訳でもないのに……なんなのよ、その怒気しまいなさいよ! そう言ってやりたいけど……今日は、必要以上に会話もしたくない。……まただわ。ルーフェルムと話していると胸が渦を巻きながら重くなっていくのよね。
「はぁー。友人ですわ。では、参りましょう」
「俺と居るより楽しそうだ」
「彼は、いつも明るい方ですから」
「いつも?」
「えぇ。いつも、毎日、ずっと一緒ですわ。クラスメイトなので」
会話は終わったと言わんばかりに顔を逸らし会場へと体の向きを変えると、彼は私の手を掴み自身の腕に絡ませた。
横目でチラリとルーフェルムの顔を見ると、彼は真っ直ぐ前を向いて歩いている。
私も視線を前に向ければ、その先に……珍しいピンクゴールドの髪色をした令嬢の姿があった――。
お読み下さりありがとうございました。
誤字脱字がありましたらごめんなさい。




