41 星夜祭 1
ルーフェルムから届いた手紙に悩まされながら時はあっと言う間に過ぎていき、セルビッツェ国立学院では夏の長期休暇に突入した。
夏季休暇に入っても学院にはほとんどの学生たちが通常通り通学している。
決まった授業はないが、学びたい学生たちのために、学院が開放されていると言えばいいだろうか。
学院を卒業した大学院生や先輩方がその場に応じて講師となっている授業で、学生たちが多くを学べる場となっているのだ。
そのため、夏季休暇といっても専攻外の教科が学べる機会とあって、多くの学生たちが学院に通っている。
夏季休暇が始まってから3日後。
私は久しぶりの我が家を目指して馬車に揺られていた。
対面に座るルーチェの寝顔に見飽きてくると、車窓から外の景色をぼんやりと眺めた。
退屈な時間の中で薄っすらと聞こえてくるルーチェの寝息と馬車の揺れとが相まって、私は瞼を閉じた。
小説の中でのウィステリアは王立学院に通っていたけど……。
うとうとしながらそう思うと、この後で星夜祭へ参加しなければならないと考え、この頃のエピソードの記憶を辿った。
ルーフェルムが王立学院に入学したことで、小説を辿るしかないのだとしたら……。
今回の星夜祭では、ウィステリアとレイバラム殿下が婚約をしていない為に、婚約者のルーフェルムが小説の中のレイバラム殿下の役に当たるのかも知れない。そんな考えが、脳裏に浮かぶ。
どのちみち、ルーフェルムは王立学院で成り上がり令嬢と出会い、『そのままのルーフェルムが好きよ』そう言われた言葉で彼女に心を奪われる。
そうして、ずっと彼女の言われるがままに行動する人生を歩んで行くのだ。
でも、私は……。小説に書かれていなかった少年の彼を知っているからか。それとも、小説と違い私の婚約者だからか。
どうしてだか分からないけど、ルーフェルムに『そのままじゃ駄目だ』と伝えたいと思った。
結局、いくら足掻いたところで形は変われど小説に沿って物語は進んで行くのかも知れない。
でも、ここから先の彼の人生が明るいものであって欲しい。上手く言葉に出来ないがそう思うのだ。
これからは、貴族たちが当たり前にしている日常を彼にも取り戻してあげたい。
戦場では出来なかった楽しいこと、言葉では教えられない日常の喜びを……。
私が彼に伝えることができる残された時間はあるのだろうか――。
「ウィステリアお嬢様、喉はかわきませんでしょうか。お嬢様のお好きなフルーツティーを用意してきたのですわ」
「……フルーツティー……飲みたいわ」
いつの間にやらルーチェは起きていたみたいだ。逆に、起きていた私の方が思考が回らないとは、なんとも恥ずかしい。
「小腹が空いたのならば、クロッフルも焼いてきたのでどうでしょうか」
心配そうに私を覗きながらルーチェが声をかけてくれた言葉で、現実に引き戻されたような感覚に陥る。
……そうだ、馬車の中だったわ。
すっかり物思いに耽り込んでいたらしい。
そんな顔をして見られていたことで、自分の顔が強張っていることに気づく。
大丈夫だと伝えたいが、何も聞かず気遣ってくれているルーチェにそう伝えるのはどうかと思うと、笑顔を作ってみせた。
「ねぇ。天気もいいことだし、馬車の中で食べるより近くに馬車を止めて皆で軽食を取りましょう」
二つ返事で答えたルーチェは、パッと明るい表情に変わった。
彼女が車窓からハザードに食事を外でとると告げると、少しした後で馬車は大きな木の下に止まった。
「あぁー、気持ちいぃー!」
「だ、駄目です! 草の上に寝転がらないで下さい! ただいま、シートを広げますから……」
「シートなんて、要らないわ。このまま食べるわよ」
「でも、服が汚れてしまいますわ」
「別に、汚れても……」
「駄目です! 誰が洗うと思ってるんですか! 使用人ですよ! ご自分で洗うならともかく、洗ってもらっているのですからね」
「はいはい。では、腰を下ろす場所だけお願いします」
「返事は一回です」
ルーチェは、孤児院で子供達を叱るときと同じ腰に手を当てた格好で私を注意する。
その姿を微笑んで見ているハザードに……ちょっと引く。
「今日のフルーツティーは、何のフルーツを入れるのかしら?」
「マスカットですわ。ファブリエンタ侯爵家の庭園の先にある果樹園で庭師が朝採りを下さいました」
「……? 時期が違うわよ?」
「今更ですが、ファブリエンタ侯爵家の果樹園では土地に魔術を用いております。なので、収穫期が違うのですわ」
ドヤ顔で、ルーチェがそう話しながらコポコポと淹れたお茶は、ほんのりマスカットの甘い香りがする紅茶だった。
次々にクロッフルにクリームを塗っていくルーチェに唖然とする。こんな量を誰が食べるのだろうか?
ポイポイ、口の中に運んでいるハザードもそろそろ限界のようだけど……。
「これですか? 御者のボワッツさんの分ですよ。ウィステリアお嬢様の分はこちらですからね」
「そう……ボワッツさんの分が約10個、私の分が3個……なのね」
「食べ過ぎると、馬車酔するでしょう?」
やはり、私は孤児院の子供たちと同じ扱いをされているのだと思うと、「もう一個」とはお強請りできそうもなかった。
「わぁー! ウィステリアお嬢様、見えてきましたわ。懐かしいですね!」
「……えぇ。お腹がペコペコだわ」
ファブリエンタ侯爵家にお世話になり始めてから、また4ヶ月しか経っていないというのに。ルーチェは興奮して車窓から落ちそうになる始末だ。
でも、ルーチェが騒いだお陰で車窓から外を見ることになったが、本当に懐かしさを感じる。
馬車が門をくぐり邸の扉前で停車すると父様と母様が笑顔で迎えてくれる。
二人の姿に、なんだか胸の奥がほっこりする。
馬車から降りると母様がハグをしながら優しい口調で口を開いた。
「ウィステリア、おかえりなさい。いつの間に嫁に出したのかと思うくらい帰って来なかったわね」
「うっ……母様、ただいま帰りましたわ。休みがほとんどないので、帰って来れませんでした。許して下さい」
「ハッハッ……ウィステリア、おかえり。ルーフェルム君から星夜祭の招待がなければ、どうせ戻る気はなかったのだろう?」
「ただいま帰りました。……夏季休暇には帰ってくるつもりでしたわ。ただ、夏季休暇中も皆さん学院に通っているのです。王立学院とは違い、皆さん在学中に知識を詰められるだけ詰め込んでいるのですわ」
ハグの相手が母様から父様に変わると続けて嫌味を言われ、久しぶりの我が家の余韻に浸ることも出来ずだ。
邸の中に入ると見慣れた顔の使用人たちの笑顔に、帰ってきたんだなーと実感する。
私室に向かい、今夜の星夜祭の用意をするまでにまだ時間があると気づいた私は、長い夜に備え一眠りすることにした。




