33 凄腕の魔術師 3
甘い菓子がテーブルに並んでいるのを見るだけで、甘い吐息が口から漏れ出る。
ベリージャムがたっぷり載せられたシフォンケーキに目が留まると、小皿にサッと載せてフォークを刺す。口の中に入れると周りがサクッとしているのに、ふわふわなスポンジのとろけるような舌触りがたまらない。
「んー美味しい! 口いっぱいに広がるベリージャムが、幸せを運んできてくれたようだわ」
目の前で、ダルシュが私の依頼した魔銃についてチェンスターに説明をしていたが、私の言葉を拾い、「うまいだろう!」とこちらにドヤ顔を向ける。
チェンスターに耳を引っ張られダルシュがまた説明を続け始めると、私はスイーツを堪能しながら彼らが話している銃の構造の解説に耳を傾ける。
その内容に間違いがないか確認のためにコクコクと頷き、手に持つケーキの皿を紅茶のカップに変えると口の中の甘味をお腹の中に押し流す。
だんだん彼らの話が銃の内容から逸れてくると、次の言葉で幸せを噛み締めている私の気分が一気に急降下した。
「……これが? ダルシュ。これを見ただけで、よく人間だって分かったな」
「手に持った物から何か飛び出して先にある的に当たった絵だから、人間だろう?」
……コイツら……私の描いた絵を馬鹿にしずぎだっつーの。その絵で重要なのは人間じゃなくて、銃が小さいってことなんですけど。
「ちょ、ちょっと! 絵なんて分かればなんでもいいのよ。……それで? チェンスターは、作れるの? 作れないの? 無理そうならダルシュに言ってくれるかしら。凄腕の魔術師と錬金術師をすぐに探してもらわなきゃだから」
「はぁ? こんなちゃっちーの作れるに決まってるだろう」
「……ちょっと。私は依頼主よ」
「俺の雇い主はダルシュだぞ」
「おいおい。2人とも砕けすぎだ。たかがブランデーケーキを何切れか食べただけで、普通は酔わないだろう?」
そんなことを言われても、目の前で冷たいブランデーに浸したケーキを最初に差し出してきたのはダルシュだし。
それに、私は未成年だからそんなにブランデーをたっぷり染み込ませないでと伝えたのだ。それなのに、「ケーキだから大丈夫だ」といって数種類のブランデーケーキの味の確認をさせるために食べさせたのを忘れたとは言わせないわ。
そういえば、ダルシュは先日も手作りのチョコレートをご馳走してくれたっけ。
「ふーん。ダルシュは、菓子作りが趣味なの?」
「あぁ。出来上がるまでが凄く楽しくてな」
「食べるのは?」
「好きだが、少量でいいな」
私とダルシュが話をしていると、今までダルシュの机に向かって立っていたチェンスターが私の対面のソファーに腰を下ろした。
「ウィステリア! 見てみろ」
テーブルの上にある菓子を長い腕を使いサァーと寄せると、空いた場所にバンッと紙を叩き置く。
じろりと視線を動かしそれを見てみれば、私は驚愕し開いた口が塞がらなくなった。
「な、なにこれ? 凄い」
「だろー!」
「チェンスター、画家になった方がたくさん稼げるんじゃないの?」
彼の描いた魔銃の絵は、立体感や陰影が丁寧に表現されている。実物も見たことがないのに、私の描いた愚作の絵と説明だけでイメージしながら描いたのだろう。彼の素晴らしいデッサンに、私は敬服せざるを得なかった。
「んで! 魔結石を先に何個か預かりたい。預かった魔結石と合う素材もいくつか探さなきゃならないしな。いつ頃用意できそうだ?」
「採掘するのに現地視察をひと月後にと約束しているので、それまで待っていて下さい」
「なら、俺も行く」
「それでしたら、現地へ行った後でスクロールも作成していただけると助かります。というか、魔術師様を探していたのはスクロールを作成していただきたくてなのですが」
「ああ。分かった。何枚でも作ろう」
すんなり引き受けられる程の腕を持っているとは、何とも頼もしい。
これなら早い段階で魔結石を根こそぎ採掘出来そうだ。
「では、鉱山へ行く日が決まりましたらダルシュに連絡を入れますね」
そう言って席を立つと、「寄り道すんなよ」「知らない人についていくんじゃないぞ」と、二人は手を振って見送ってくれた。
……あらあら、意外と優しいところもあるんじゃん。そう思うと、満たされた気分で店内で待つルーチェの下へ向かった。
ひと月後、朝日が上る前の薄暗い時間に邸を出るとウロース山へ向かい馬車を走らせる。馬車に並んで馬に跨る護衛が2人。彼らを見れば……きちんと、与えられた仕事をしているようだ。
先日、この日の為に服とブーツを街で購入したときのこと。その日、ハザードの服装もベージュのシャツに茶色のベスト、パンツを深緑色のものを選んで購入した。
いつも黒一色を纏っている彼も、こうして服装を変えただけで全く違う人物に見える。
……テレ顔良し!……スタイル良し!
……見目めちゃくちゃ良し!
でも一番は、シャツから出ている腕筋ね。筋肉、さーいこぉー!! ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、眼福だわー!
ずっとハザードの姿に見入っていると、ルーチェが彼の頭にカウボーイ風のハットを深く被せて顔を隠す。
嫉妬かと、ニヒヒと笑みを浮かべルーチェを見ると呆れ顔を向けられる。
『あれれー? 美顔が見えなくなってしまったわ』
『影の顔を他人に認知されないようにです』
『またまたー。女避けでしょう?』
『違いますわ』
『ふーん』
2人の仲を知っているのだから、別に隠さなくても素直に言ってくれてもいいのに。いつも通りで何事もないような様子に見えるけど、ぶっちゃけ耳が赤く染まっているのよね。
その日は、そんな微笑ましいルーチェの為に一肌脱ごうと思いながら帰路に就いたのだ。
そして今、2人は乗馬デート中なのである。といっても、そう思っているのは私だけみたいだが。今日は、馬車に並んで馬に跨り2人仲良く私の護衛をしてもらっている。
たまに言葉を交わしている2人を見ると羨ましい。
(……恋愛結婚かー)
ハザードに初めて会った日を思い出す。
ルーチェが成人したら結婚したいと言っていた。
……いいなー。青春してんだなぁー。
私も、私だけを好きになってくれる人と結婚したかったな。政略結婚なんて、本当は嫌なのに。
そもそも、自分の先の人生を知って生きてきた訳で。死を回避するためにと、そんなことばかり考えて。
前世での今頃ならば、「◯◯君が好き!」とか言って、連絡先を交換したいとか、付き合いたいとか、恋愛事を楽しんでいる年齢なのに。
今の私は……なんてつまらない人生を送ることしかできないのだろう。嘆いたところでだけど。
あー、ちきしょうー! こうなったら――。
死を回避した後の目標も必要だわ。そうよ! 目指せ恋愛よ!
どうせ、ルーフェルムは成り上がり令嬢に惹かれるわけだし。私と離婚すれば彼女と結婚出来るよと言って彼を仄めかせばいいんだわ。そして、サッサと離婚して他の大陸や島々に移住し恋をして、私だけを愛してくれる人と温かな家庭を築くんだ。あー待ち遠しい。……でも、それまで恋愛しちゃだめなのー? 待ってられなーい! ちぇっ。残念。
でも今は、そんな未来を夢見て頑張るしかないってことだ。ちぇっ。しゃーない。
私だって、いつかは素敵な人とラブラブに……そう思い、外の2人を見れば、私の視線に気づいたルーチェが羨ましいだろうと言いたげな表情を浮かべた。
きぃ―――! 待ってなさいよ! 私だって、ハザードよりめちゃくちゃカッコいいイケメンを見つけて、大恋愛してやるんだから。
今だけよ! 私が指を咥えて見ているのは。
……あー、く、や、し、い―――。
お読み下さりありがとうございました。
誤字脱字がありましたらごめんなさい。




