30 童話と竜人
ルーフェルムが、国王陛下に夕食の席に誘われていると言い我が家を去っていくと、私はすぐにハザードに上着を脱ぐように告げる。
「ほら、上着を脱いでさっさと傷の具合を確認させなさい」
ハザードの傷を見せてもらえば、大きく斬られていた傷がどこを斬られていたのか分からないほど完治していた。
……どうやったら、この短時間でこんなになるわけ?
信じられなくて、斬りつけられた傷跡を探していれば、彼の上半身に釘付けになっている私をルーチェに引き剥がされる。
「美しいボディだからといって、見すぎですよ」
ハザードが頬を染めながら急いでシャツを着る姿に小さなため息を吐く。
(……あっ、あーあ)
斬られた場所を確認してただけなのに。これじゃ、私が悪いことをしていたみたいじゃない? それならば、ちょっと揶揄ってみるか。
「減るもんじゃないでしょう? ヤキモチ焼かないでよ」
「ハザードが嫌がっていたじゃないですか」
「でも、まだ触ってないじゃない」
「さ、触ろうとしていたのですか?」
「……少しだけ……ハハッ、冗談よ」
鼻息を荒げるルーチェの様子にちょっと悪戯っぽく返事を返す。彼女は呆れ顔でお茶の用意に取りかかった。
ルーチェがお茶を注いだカップをテーブルの上に置くと、対面のソファーへ彼女とハザードを座らせる。
今朝方の竜についての補足をルーフェルムに聞きたかったのだが、ハザードに詳細を話すようにと委ねて彼は王城へと向かったのだ。
そのため私は、ハザードに話の続きを問いかけた。
「ルーフェルムが私に与えたと言っていた、この力についてです。 種族みたいなものだと言っていたけど」
ハザードは真摯な表情で頷くと、隣に座るルーチェにも一度視線を送った後で口を開いた。
「先に、祖先の話からさせていただきます。
この国の初代国王ランドリューク・ガーディランが元は天界の神だったという話を耳にしたことはございますか?」
「えぇ。童話のお話しですね――」
ハザードの言う童話は、幼い子供が寝物語で良く聞かされる話だ。
初代ガーディラン国王であるランドリューク・ガーディランは天界の悪戯神だった。詳細は分からないが、神である彼は闇を受け入れた為に天界から罰を下され、その身を人間に変えられ地上に落とされたのだ。
そして、この地に落とされたからといって反省もせず自由奔放に過ごしていたランドリュークは、この世界を守護する竜に出会った。
ランドリュークは竜と出会い世界を旅した。世界を旅したことで人間界の美しさを知ったランドリュークは心を入れ替え闇を封印し、人々が幸せになれるガーディラン国を作った。……という、ランドリュークが主人公となって人間界を冒険し、世界の素晴らしさに魅了されこの国を建国したとされる童話だ。
「実は、童話の話に出てきた竜が初代バードゥイン公爵なのです。そして、私たちの知る話には続きがあります」
竜は、人間の女性に恋をしていた。竜は長い時間を生き続け老いて死ぬ。竜が死ねばまた新たな竜の命が生まれ生き続ける。長く生きられるがその間の淋しさに疲れ切っていた竜が恋をしたのだ。
そんな竜の願いが、人間になりたいということだった。
まだ神としての力を残していたランドリュークは、一緒に旅をしてくれた竜を人の姿に変えた。その時に竜と交わした約束は、ランドリュークの右腕として尽くすことだった。
そうしてランドリュークはガーディラン国王となり、竜が初代バードゥイン公爵となって国を作った。
「しかし、神の力は絶対ではなかったのです。竜を人の姿に変えることはできても、竜は完璧な人間になれなかった。その為、初代は人となった当時の姿のまま、先に老けていく夫人と生きることになりました」
夫人だけが老けていき先に亡くなることが許せなかった公爵は、命と同等に大事なものを夫人に渡したのだという。すると、公爵も年をとることができ、人間の寿命を得たのだという。
「竜の子孫は、伴侶となる者に自分の一部を分け与えます。そして、番となった伴侶に一生を捧げるのです。……物語での初代バードゥイン公爵は、それを夫人の体内に移したのです」
「もしかして……そ、それと同じものが……私の中に?」
「これから、言うつもりでしたが。その通りです」
「……ち、ちょっと待って! 当時の私……6歳だったのよ! 初めて会った人に? どうして? 可笑しいわよ!」
なぜ私に渡されたのかはルーフェルム本人に聞かなければ分からないと、ハザードは首を左右に振った。
「じゃぁ、ルーフェルムやハザードは普通の人間ではないってことよね」
「今では、ほとんど人間と変わりはありません」
「……では、私の力とは竜の力なのですか?」
「竜の力と言うより、ルーフェルム様の持つ力になります」
バードゥイン公爵家で一番力の強い次期当主であるルーフェルムは、竜の子孫を護る力を持っているのだという。
しかし、その後にハザードは、更に恐ろしいことを告げたのだ。
「ウィステリア様に直接力が与えられた訳ではありません。ルーフェルム様の力をウィステリア様の体内を通じて引き出したのです」
「体内を通じて、引き出した?」
「はい。あの時、ルーフェルム様は私を殺す選択をしましたが、ウィステリア様はルーフェルム様の意思とは逆にルーフェルム様の力を引き出して私を治療したのです」
そう告げた彼は、急に俯くと悔しそうな口調で話を続けた。
「偉大な竜の長が、意に反した行動をとるということは、屈伏させられて……恥を受けることと同じなのです」
「そ、そんなつもりでは……」
「分かっております。ただ、国民がガーディラン国の王族を崇敬するように、我々はバードゥイン公爵家自体がそうなのです」
確かに、あの時ハザードは何度も止めるように言っていた。それは、彼にしてみれば王命を覆すことだったからなのか。
「……それでも、私はハザードを救えたことに満足しています」
「……はい」
「ですので、もう忘れましょう。ルーフェルムは勅令を発していなかった」
「ですが……」
「彼は、貴方にチャンスを下さいました。それだけ覚えていればいいのでは?」
「はい。ありがとうございます」
しかし、まさかこんな話を聞かされるとは思っても見なかった。小説に書かれていた内容に、今聞いたルーフェルムの人物紹介が書かれていただろうか?
それにしても、ルーフェルムは私の体の中に何を入れたのだろう? めちゃくちゃ怖い話を聞いてしまった。
「ハザードも、自分の一部を誰かに渡すの?」
そう尋ねると、隣に座るルーチェを見た後でハザードは顔を真っ赤にした。
「結婚したらルーチェに渡すつもりです」
「もう、ハザードったら。凄く待ち遠しいわ」
即答したハザードの隣で、頬を染めたルーチェが乙女のように彼の肩に寄りかかる。
身震いしている私の対面でイチャイチャしている2人を見れば、こんなに大変な一日を迎えた事が嘘のように思える。
(あー、疲れた。今夜は早く寝よっ)
すっかり冷え切ったお茶で喉を潤すと、温かいお茶を淹れるため私は席を立ち厨房へ向かうことにした。




