29 王都の菓子店へ 3
家に戻るとルーチェとハザードの様子を見に急いで部屋へと向かう。
「……お、お帰りなさいませ」
「ただい……ま」
(どうしたのかしら?)
スタスタと急ぎ足で歩く私たちを使用人達がぽかんとした表情で見てくる。
首を傾げながら廊下を進み部屋の扉を開き『ルーチェ』と、まだ寝ているかも知れないルーチェを小声で呼ぶが、返事が返って来ない。入室して、そーっとベッドの奥へ近づくと二人の姿はそこにはなかった。
「ルーチェったら、怪我人を連れて何処に行ったのかしら?」
キョロキョロと部屋の中を目だけで確認すると、すぐ後ろに立つルーフェルムがくいっと私の手を引いた。
「ハザードは、近くにいる」
よろめいて後ろに倒れそうになるが、彼の胸にぶつかると左腕をお腹に回し支えてくれる。
「あっ」
「どうした?」
これ……って……、サンタムールから帰ってくる時からずっとだわ。どおりで、使用人たちはこれを見て驚いていたわけね。
視界に入ってきた繋がれた手は、恋人繋ぎと呼ばれる繋ぎ方ではないか!
あらあら。私ったら、全く。いつの間にこんな繋ぎ方をしていたの? これじゃぁ皆が驚くのも無理もないわね、ふふっ! じゃ、なくってよ!
……私ってば、ずっとこの繋ぎ方で手を繋いでいたのー? 信じられない。私ったら、なんて破廉恥なのよ! 皆からどんな目で見られていたのっ? 恋人繋ぎなんだもの、恋人に見られていたってことでしょう?
……ん? でも婚約者だからいいのかも。そうよね、婚約者なんだから気にすることはないわよね。そうそう、婚約者だもの。ただ……ちょっと恥ずかしい思いをしただけよ。
「あの……家に帰ってきたことですし、そろそろ手を離しても?」
「……あぁ」
ゆっくり手が離れると彼はしゅんとする。
ふむ。手を繋いでいたから安心感が与えられていたのね。離した後のこの表情は、不安になっちゃったって感じかしら。なんだか小さな子供みたい。そうか、子供だと思って接していくのも悪くないかも。
しかし、今朝方、射殺すような鋭い視線を向けられたばかりだ。そんな彼の精神障害が治らないにしても早い段階で軽くしていかなければならないと気づいた。
彼が学院へ通い始めたってことは、徐々に気持ちが成り上がり令嬢に向けられていくだろう。ならば、私に触れられるのもだんだん嫌になってくるかも知れない。そうなってからでは遅いのだ。
そう考えると、時間がかかるとしても少しずつ私の味方にしていこうと思っていたが、そんな悠長に構えていられないのではないだろうか。
扉のノック音が鳴ると、私たちの姿に大きく目を開かせルーチェが入室してくる。
「ウィステリアお嬢様、お帰りなさいませ。お出迎えできなくて申し訳ございません」
「ただいま。そんなことより、ハザードは何処に行ったの? 傷の具合は?」
「そ、それが……」
ルーチェが話の途中で視線をずらしたため、ルーチェの視線の先へと私も視線を移す。
「ハザード!」
先ほど確認したはずのベッドの奥から彼がこちらに向かって歩いてくる。すると彼は、ルーフェルムの前で膝をつき頭を下げた。
無言で頭を下げ続けるハザードとそれを見下ろしているルーフェルム。ハザードはルーフェルムの言葉を持っているのだろう。
……おいおい。そんなことをする前に、傷の経過を知らせてほしいのだけど。私は早くハザードの傷を確認したいのに、黙りしている二人がじれったい。
さっさと終わらせてくれないかな? そう思いルーフェルムをじっと見ていれば、彼は大きくため息を吐いた後で私の腕を引き隣へと立たせた。
「お前は今から、命を救ってくれたウィステリアを主とせよ。以上だ」
「もう一度、ルーフェルム様に仕える機会を――」
「無理だ」
ハザードを見下ろすルーフェルムは冷酷だ。彼の言動に全く無関心で、今朝方の怒気すら感じない。
そんな中、ルーチェが私の顔を何度かチラリと見ては、助けてほしいと目で訴えてくる。助けてあげたいが、こればかりは私が口を出すのはお門違いなのだ。
だからといって……。本当に、無理なのにぃー!
―――!!! どうしたいの? この状況で、ルーフェルムが頬を染めて私に視線を向けてくるって、どういう意味?
……今度は何よ、あんたまで? ハザードまでもが憂いを帯びた目を向けて私を見ていらっしゃる?
これは、どんなシュチュエーションなの? もしかして、重要な局面を迎えているってこと? この場合だと、私のセリフ待ちってことよね?
……仕方がない。言うわよ、言ってやるわよ、口を挟んでやるわよ。
そう覚悟を決めると、ルーフェルムの右手を両手で包み、私の額に押し当てた。
ぎゅっと瞼を閉じ、一度息を吐き出す。包んだ手を胸の前まで下ろし、瞳をちょびっと潤ませ彼を見上げる。
「ど、どうした」
ルーフェルムは、左手で真っ赤な顔を隠すように手で覆い、大きく開かれた瞳で私を見下ろしている。
(ふふっ。恥ずかしいのね。……私もだけど)
「私からもお願いします。私のせいでもあるのでチャンスを与えてあげて欲しいのですが、駄目でしょうか」
申し訳なさそうに上目遣いで彼を覗き込めば、手で顔を覆ったまま何やら考え出したようだ。
「……ウィラの……お願い……」
「駄目ですよね」
「駄目じゃない」
「えっ?」
「願いがこれだとは解せないが……」
「いいのですか?」
「ウィラのお願いだからな」
(やったぁー! 当たった! 正解だった!)
「ルーフェルム、ありがとうっ……」
「あ、あぁ」
正解を導き出せたことで嬉しくて彼の腕に飛びつくと、顔を背けられたが耳まで真っ赤だ。
……触れられると動揺しちゃうのよね! なのに、安心するってところね。でも、これってなんだか、好きな子の前で緊張している子供みたいだわ。まぁ、恋煩いも心の病っていうし、症状が似てるのね。
ルーフェルムは願い事をされたかったのかも。そして、叶える事をしたかったのかも。照れてるってことは、そういうことだし。今まで彼が生きてきた中で、初めてお願い事をしたのが私なのかも知れないわ。
サイコパスだけど、見た目と違って可愛らしいところもあるのね。……あー、でもそれもどうだろう?
……ハザードに斬りかかった事を思い出すとなー。何かの引き金があって、上手く引き当てれば優しい彼が顔を出すのかな?
考えたところで、サイコパスの考え方や思うことなど私には分からないけどっ。
とりあえず、機嫌を損ねないよう上手く優しい言葉をかけ手を繋いだりボディタッチで不安を取り除き、たまにお願い事をしながらその場しのぎになるけど急ピッチで乗り越えていく。うん。これからはこの案でいこう。
……でも、願い事を叶えたルーフェルムの満足そうな顔が見れるだなんて。彼はこんなに穏やかな表情もできるとは。
そんな事を考えていると、ルーチェとハザードが私を凝視していることに気づき、「良かったね!」そう視線でニコリと告げた。
しかし、2人から返ってきた視線はどうも違うらしい。
――痛い人でも見ているような、その目は何?
どうにも良く読み取れない視線に私は首を捻った。
私を見下ろすルーフェルムがどんな表情をしているのかも気づかずに――。
お読み下さりありがとうございました。
誤字脱字がありましたらごめんなさい。
m(_ _)m




