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不本意ですが、サイコ野郎(公爵)の嫁になります〜いっそのこと飼い慣らしてみようかと〜  作者: パル@悪役令嬢彼に別れを告げる【アンソロ発売中】
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2  記憶の中の結婚式 下



「キィー」という音に大きく息を吸い込む。


 目の前では修道士様が把手(はしゅ)に手をかけ扉を開き始めたところだ。


 記憶する中で、ウィステリアとルーフェルムの結婚式での小説の場面は、悲惨な内容で書かれていたが。過去の記憶を振り返ったところで、これからどうすべきかなんて答えが出る訳でもなく。


 これは、この世界に生を受けた私自身が出した答えだ。





「ウィステリア」


 優しい声で名前を呼ばれ隣に立つ父様を見上げれば、愛おしい者を見る柔らかな表情に私までもが目が潤む。厳しいながらも大切に育ててくれた父様の目に初めて見たそれは、今にも溢れそうになっている。

 胸が熱くなるのを押さえそっと父様の腕に手を絡めると私達は並んで、開かれた扉から繋がるヴァージンロードに足を踏み出した。


 かなり小説の話と違った結婚式を迎えることになったけど、あんな悲惨な結婚式を迎えていたらと思うだけで身の毛がよだつ。

 誰だって想像すらしないと思うのだ。自分の結婚式に、新郎が滅多斬りしたばかりの招待客の死体が転がっているだなんて。


 先に立つルーフェルムを見れば、真っ白のタキシード姿に安堵し、左右の席に座る参列者達もきちんと首が繋がっている。


 よかった、普通の結婚式を挙げることができて。やっぱり、結婚式はお日様の下で皆に祝福されて……当たり前のことがこんなに嬉しいとは、今日まで頑張った甲斐があったとしみじみ思う。


 この国では、かなり有名な人物であるルーフェルムは筆頭公爵家の令息でもある。彼の何が有名なのかと言えば、誰もが褒め称えるその美しい容貌。

 ……それともう一つ。先ほどは問題児だと軽く言ってはみたが、実は彼がキレッキレのサイコ野郎だからだ。


 ルーフェルムのところまであと一歩というところで私と父様の足が止まると、彼は蕩けるような表情を浮かべ手を差し伸べた。


「ウィラ」


 彼は甘い声で私の愛称を呼ぶ。私を見つめる銀色に輝く美しい瞳に吸い込まれそうだ。彼の口角が上がると『待て』が出来ないワンコのように、父様の腕から私の腕を強引に引っ張り自分の腕に絡めた。


「ずっと、待っていた」

「……そう。待たせてごめんなさい」


 ……ずっと待っていたって言われても……つい先程まで一緒にいたよね? 離れてから5分も経っていないのに?


 かなり大袈裟に言うが、ヴァージンロードを歩く直前まで教会の扉前で私から離れずに一緒にいたのに。

 後ろから私の腰に腕を回し離れなかったことで、扉の前で一緒に居た父様が気の毒だった。



 今のちょっとした会話だけでも分かると思うけど、この世界でのサイコな彼は私に執着している。


 前世で読んだ小説に沿っていれば、ルーフェルムがウィステリアを構うなど絶対にしないはずなのに。

 もしかしたら、私が小説の中に転生したことにより物語に何らかの影響をもたらしたのかも?

 確かに、小説の中でもウィステリアとルーフェルムは結婚した。けれども、婚姻するまでの過程も今日の結婚式の内容も全く違う。


 だからといって、彼がサイコ野郎なのは変わらないのよね――。



 

 私達の目の前にいる神父様は、彼が気になるようで、戸惑う気持ちを隠しきれていない。まぁ、気持ちは分からなくもないのだけれど。


 私の前以外では、彼は人間味を感じさせない。冷ややかな表情で能面のように喜怒哀楽を表現することもなく、彼を見るとほとんどの人は怯える。


 そんな彼が頬を桃色に染め甘いマスクを装着しているのだ。

 天使のように……キュートで可愛いワンコのように目を丸くしてご機嫌で私を見て……見続けている。


 神父様が口を開く度に、彼は邪魔するなとでも言いたげに一瞬視線をずらし射殺すような視線を向ける。

 どう見ても、今すぐこの場から立ち去りたいという想いを押し殺して式を進行していく神父様。倒れなければいいなと心配になるほどだ。……ありがたい。


 それでも、神父様は頑張って式が終盤に差し掛かると顔面を蒼白にし、冷や汗を流しながらも次の言葉を発した。


「それでは、誓いのキスを――」

「ウィステリア。愛してる。永遠に離さない」


 神父様の言葉が終わるのを待たずに、彼はそう言って目を細めた。


(……永遠に……離さない、か――)


 ……重い。 かなり重すぎる。

 ずーんと何かがのしかかってきたような重圧を感じると、蕩けるような甘い表情をした彼の顔がゆっくり近づいてくる。


 瞼を閉じた後で唇が重ねられると、ちょっと長めの誓いのキスだな、などと他人事のように思っていた。……が、全く離れる気配がない。寧ろ逆。私の両肩に置かれたはずの彼の手が移動し、腕を背中に回すとギュッと抱き締めてきた。その行動で、私は咄嗟に唇をめちゃくちゃ強く結んだ。


(……やっぱり、やってくれたわ)


 口の中に彼は無理矢理舌を押し入れようとしてきたのだ。


(……させてなるものか!)


 そして私は、彼を押す、叩く、つねる、最後に蹴り上げた。


 唇がやっと離れたと思うと、先ほどまでの甘いマスクは何処へ? 私を見つめていた視線は……我慢の限界だとでも言いたげな表情に変わり、怒りを抑えているらしい。でも、そんな表情で見下ろされても……ね。ハハッ……怖っ!


 こうして私達の結婚式は、何事もなく無事に終わらせる事ができた。そう思っているのは私だけだろうと思うけど。


 この素晴らしい普通の結婚式が迎えられたのは、何をしても彼との縁は切れないことを早い段階で理解した私の成果の賜物だと思う。

 本当は、小説と違って彼とは結婚しない未来へと進みたかったのだけど諦めた。

 小説の中のウィステリアと、転生してウィステリアになった私自身は違う人物だし……彼も小説の中のルーフェルムとは違う人物だと認識することにしたからだ。

 振り返ってみれば、ルーフェルムは会話もするし、一緒に出掛けるし……。ぶっちゃけ、出会ったときから私にガチ惚れだったらしい。だもん、どう足掻いたところで無駄だったわけだ。


 だからといって、小説の登場人物達も違うとは限らない。本当ならば、ルーフェルムと結婚するのも小説と同じ時期にはしたくなかったのだ。それなのに――。


 なんで結婚式が小説と同じ日なのか。

 時期を延ばそうとどんなに頑張ったところで、ルーフェルムが引き下がらなかったのだ。全く以て解せないが――。


 結果、不本意ながら小説通りの今日、私はサイコ野郎の嫁になったのだ――。




お読み下さりありがとうございました。

誤字脱字がございましたらごめんなさい。

m(_ _;)m

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