25 サイコ野郎 5
なかなか返事をしないルーフェルムに「もう一度言いましょうか?」と問うと、パチリと銀色の目が開かれ視線だけを私に向けてきた。
「仕方ない」
やっと返された返事に、
「分かっていただけて何よりです。では、また後日に改めてということで」
とニコリと返すと、
「いや、行く」
そう言われ、訳がわからず、
「どちらに行かれるのでしょうか」
と聞いてみる。すると、
「ウィラと一緒に」
(一緒にって……何処に行くと思っているのかしら?)
「……わたくしは、孤児院に行くのですよ?」
「分かっている」
「孤児院は、子供が沢山いる場所なのですが?」
「俺が孤児院を知らないとでも思っているのか?」
(……思ったわ。知ってて行くつもり?)
まさか、一緒に行くというなんて……というか、連れて行って大丈夫なのだろうか。街に買い物に行くのでさえ不安だというのに。
どう考えて見ても、ルーフェルムと子供達が一緒に戯れている姿を想像することが出来ない。どちらかと言えば、脅されて震える子供達の方が想像しやすいくらいだ。
「子供相手に、殺……殴ったりしないですよね」
「するわけないだろう」
こうなったら、ずっと彼の言動を監視するしかない。そう思うと、げんなりするが仕方がない。
「それならば、孤児院ではずっと私の傍から離れないようして下さい」
「あぁ。そうするとしよう」
不服そうな表情でいた彼は、連れて行くことを了承すると口に弧を描いた。
……今の会話の中で、口角を上げるような話があっただろうか? まさか……やっぱり子供達の事を? そうなったら、私が身体を張って止めるしかないわ。ハザードのことがあったばかりなのに――。
ルーフェルムにエントランスで待つように言い、直ぐ様私は外出の準備をする。
ベッドの奥に横に並んで置かれた2台のソファーでは、ルーチェとハザードがスヤスヤと眠っている。
先ほど、ルーチェがハザードの傷口を確認すると、大分塞がったと言ってまた泣き出した。そして、彼女はそのままパタリと寝てしまったのだ。
ハザードを心配していたルーチェには申し訳無かったが、家族に気づかれる前に部屋の掃除を終えたくて、無理をさせてしまったし。ひとまず、ゆっくり寝てくれるといいのだが。
そう思うも、これから出掛けるというのに今からどっと疲れが押し寄せてくる。
まだ、今日という日は始まったばかりだというのに。この後の事を考えると気が重いが、寝息を立てているルーチェに置き手紙を残し私は部屋を後にした。
停車した馬車から降りたところで、いつもと違うただならぬ雰囲気が漂っている様子に首を傾げる。
信じられないものを見るかのように、大きく目を見開き口をポカンと開けている子供達の様子に戸惑っているのは私だけらしい。
よく見れば、子供達の後ろにいる先生方も同じ表情をしているし。孤児院全体で口裏を合わせたかのように皆キラキラと瞳を輝かせている。
「今日はルーチェが来られなくなってしまい、変わりにお友達を連れてきました。みんな、仲よくしてくれると嬉しいわ」
「ウィステリアお姉さん! 後ろにいる人って、騎士様だよね。凄くカッコいい!」
「違うわよ! 絵本の中の王子様よりカッコいい王子様よね」
……そうだね。カッコいいよね。容姿だけは最上級なんだわ。
「えぇー。騎士様でも王子様でもなくて絶対に神様だわ!」
……そうだね。神様にも見えるよね。でも神と言っても魔神なのよ。
ルーフェルムに興味津々の子供達は、彼の外見をとても気に入ったようだ。
「ウィステリア様。あの……その……ご、ご友人の方のお名前を伺っても宜しいでしょうか」
先生方も頬を染めて、はにかみながらもじもじしている。
まぁ、見目だけは滅茶苦茶いいから騙されても仕方がないけど。
でも、可怪しいわ。どうして? よく考えて見れば、誰もが彼の冷酷な表情に震え出すはずなのに。危機感がないからそう見えないのかしら?
そう思うと、孤児院の皆が逆に心配になってくる。
危機感がないって事は、騙されやすいってことだし。それに、状況の判断が鈍くなる訳だから、何かあった時に逃げ遅れる。
まさか、ルーフェルムに向けられる状況によって、こんな事が分かるだなんて。
孤児院に連れて来るのを躊躇ったけど、彼がこんなところで役に立つとは思わなかった。
帰ったらルーチェに話をして、孤児院の皆に自己防衛の能力をつけさせる指導をするように話をしなくては。
そんな事で思いを巡らせていると、ルーフェルムを紹介して欲しいと言われたことをすっかり忘れていた。
「ウィステリア様? あの……」
そんな私を先生が心配そうに覗き込んだことで我に帰る。
「え、えぇ。彼は騎士様ですわ」
そう告げた後で、隣に立つルーフェルムを見上げると、私を見下ろし誰にも聞こえないほどの小さな舌打ちをした。
……もしかして、苛ついていらっしゃる? やっぱり、この様子だと彼を監視するしかないらしい。
小声で挨拶をするように告げると、ルーフェルムは皆に視線を移し私の肩に手を置いた。
「ウィステリアの婚約者だ」
(……ちがーう! 名前だよ名前!)
「まぁ、ウィステリア様の婚約者様だったのですね。ようこそお越し下さいました」
院長先生は胸の前で両手を握りニコニコと微笑む。しかし、他の先生方は何を期待していたのか一瞬で瞳の輝きを失くしたように見えた。
お読み下さりありがとうございました。
ブックマークありがとうございます。
励みになります。
誤字脱字がございましたらごめんなさいm(_ _;)m




