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不本意ですが、サイコ野郎(公爵)の嫁になります〜いっそのこと飼い慣らしてみようかと〜  作者: パル@悪役令嬢彼に別れを告げる【アンソロ発売中】
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24 サイコ野郎 4



 ゼフォル兄様の乾きたての部屋着を、ルーチェがランドリールームからくすねて戻ってくると、ハザードの汚れた服を着替えさせる。

 その間、私は部屋の扉に隙間を作ると廊下を通るメイドを待った。


「ねぇ、貴女。ちょっと掃除を手伝ってほしいのだけど」

「はい。かしこまりました。掃除ですわね」


 やっと姿が見えたメイドに声を掛けるたが。振り返った彼女に、私の口角がヒクヒクと動く。笑顔でそう返事をする彼女は、メイド長だったのだ。

 いつもなら、すぐに彼女だと分かるのに、今日に限って気づかなかったなんて、なんてツイていないのだろう。

 メイド長は、何でも母様に報告してしまう。本当ならば、このありさまを知られたくは無かったのに。だからといって、やっぱりいいとは言えずに彼女を部屋に招き入れた。


 室内で目にする事を他言無用で部屋に招き入れ、掃除の手伝いを頼む。すると、彼女は眉を吊り上げヒクヒクと頬を動かした。


「どうして、こんなに汚されたのですか?」


 いや……確かに汚れてはいるが。けれども、何で汚れたのかは見ればわかるよね?


「仕事を増やしてしまいごめんなさい」

「これと、それと、それにアレも。洗っても汚れは落ちません。捨てましょう」


 高級な絨毯を指差した彼女は、次にカーテンを差し、最後にハザードを指差した。


「お嬢様。部屋を清掃致しますので、お客様を別のお部屋へご案内して下さいますか」

「いいえ。わたくしも手伝います。それに、重い家具を動かすならばルーフェルム様の力をお借りした方が早く終わりますわ」

「お客様に、掃除のお手伝いさせることなどできません」

「こうなったのも、ルーフェルム様が原因なのでお手伝いしていただきます。それに、この部屋の状況を他の者に見せることの方が不都合だと理解して下さい」


 メイド長は渋々首を縦に振ると、ルーチェに指示を出し自らもテキパキと動き出す。

 休みなく指示を出しながらルーチェを動かす姿は圧巻だ。私も手伝うと言っているのに、私を払い除ける前にメイド長が動く。

 何も手伝うことはないと彼女の体の動きで言われているようで、逆に邪魔をしないように壁の花に徹する。

 ハザードが横になっているソファーの移動を頼まれ、私はルーフェルムにそれをお願いする。ベッドの陰になり他の誰かが入室しても見えない奥へと移動してもらった。


 

「お着替えを済ませましたら朝食の席にいらして下さい」


 部屋の掃除が粗方終わり、メイド長が部屋から退室する際にそう声をかけられる。


「ルーフェルム様とお話したいことがあるので、朝食は部屋でとるわ。ルーチェに運ばせるのでそう伝えてくれるかしら」


 メイド長の言葉で、まだ朝食を食べていなかったことに気づく。

 でも、今は食欲どころではない。ルーフェルムに聞きたい事もまだあるし、今日の予定も変更した方が良さそうだ。朝からこんな事になるとは、誰が予想出来ただろうか。


 ルーチェがワゴンに載せて朝食を運んでくると、美味しそうな香りが部屋に充満する。

 焼きたてのまだ温かいパンに、オニオンソースで頂くふわふわなミートオムレツ。野菜がたっぷり入ったトマトスープは私の大好物だ。それなのに、今日は大好きなスープを食べる気にはなれず、オムレツがトマトソースじゃなくて良かったと胸を撫で下ろす。

 カリカリに焼かれた厚焼ベーコンにナイフを入れるルーフェルムを横目に、私は小さくパンを千切って口に入れた。


 目の前で次々に口の中に料理を放り込む彼の姿にゾットする。


(あんな悍ましい光景を見た後で? あんなにパクパク食べられるの?)


 考えて見れば、彼は何年も戦場にいたわけで。彼からして見れば、血を見るなんて日常的な事なのだ。慣れているというより、当たり前の環境だったわけだから普通に食事ができるのだろう。

 それにしても、人を斬りつけることに躊躇(ためら)いも無く、従兄に対しても戸惑うことなく剣を振り下ろす事が出来るだなんて。私は根本的なことを忘れていたようだ。


(……私に対しても……躊躇わないってことよね)


 そんな私の想いも知らず、彼は全く気にしていないように表情を変えず食事を進めていた。




 ベッドの奥に置いたソファーではハザードが横になり、その前で椅子に座ったルーチェが彼の様子を見ながらコクリと頭を下げては持ち上げるを繰り返し始めた。


 私達の食器を下げた後で、ルーチェも朝食を済ませてから戻ってくる。

 血の気が引いて青白かった彼女は、次に扉から現れたときには血色の良い元通りの顔色に戻っていた。


 食事をした事で張り詰めていた糸が切れたのだろう。強張っていた表情もほぐれている様子が伺える。ハザードの看病を頼むと、柔らかに微笑み彼の手を握るルーチェの姿に私は胸を撫で下ろした。


 その姿に、ルーチェの今日の予定を思い出し、うつらうつらしだした彼女に声をかけた。


「ルーチェ。今日は孤児院へ行く予定だったわよね」

「……は、はい。子供達と約束しているのですが……」

「今日は、私が行ってくるわ。ルーチェは、ハザードを見ていてくれるかしら」

「で、でも……」


 私の言葉に困惑しているようで、彼女の赤茶色の瞳が左右に揺れる。


「こんな状態の彼を移動させるわけにいかないでしょう。だからといって、主の居ない部屋に一人で置いて行くのもね。それに、目覚めた時に誰も居なくちゃ彼は無理して任務を遂行しようとするだろうし」

「はい。ありがとうございます」


 私がルーチェに話をしている途中で隣から小さな舌打ちがされる。

 会話を終えルーフェルムへ視線を移せば、視線が重なる前に面白くないとでも言いたげな表情で私から顔を背けた。


「今の話を聞いて分かったと思いますが、わたくしはルーチェの変わりに孤児院へ行こうと思います。その為、ルーフェルムとは買い物に出掛けることが出来なくなりましたので、お茶を飲み終わったらお帰り下さい」


 この状況を作ったのは貴方自身だと言うように、つっけんどんな態度をとる。


 彼は俯き、右手で作った拳の上に顎を置くと瞼を閉じた――。



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