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不本意ですが、サイコ野郎(公爵)の嫁になります〜いっそのこと飼い慣らしてみようかと〜  作者: パル@悪役令嬢彼に別れを告げる【アンソロ発売中】
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21 サイコ野郎 1

⚠お知らせしたいこと⚠

このページには、殺傷行為の描写があります。

苦手な方は自衛をお願いします。



 昨日の夕食時では、戦地から帰還してきた婚約者のルーフェルムと約7年ぶりに再会した。

 子供から一瞬で大人に成長したかのような(美の天使が、美の神様に進化していた)感覚にドキドキしたけど、……まぁ、何事もなく良かった。

 

 夕食の席で、気づかぬうちにルーフェルムと外出を約束していたことで、今朝は朝の訓練を早めに切り上げた。


 昨夜ルーフェルムが、明日朝一で私を迎えに来ると言っていた。でも、時間までは言われていなかったことを思い出す。

 その為、早い時間に準備だけでもと思い、部屋でルーフェルムが迎えに来るのを待とうと思っていたのだ。




 そして、私はこの後で大変なことになる事も知らずに、訓練後いつものように部屋の浴室でシャワーを浴び始めた。


 鼻歌を歌いながらハンドルを捻り、ジャージャーと頭からシャワーのお湯を浴び始めたときだ。


「ドン、バタン」


(……あら? ルーチェかしら)


 浴室にまで音が聞こえるなんて……部屋の扉を乱暴に開けたのね。全く、扉が壊れちゃうわ。


 浴室から出たらルーチェに淑女教育をやり直すように脅そうかと考えていれば、今度は彼女の大きな声が聞こえてくる。


「ウィステリアお嬢様ー!」

「聞こえたら戻って来て下さーい!」

「お嬢様ー! 大変でーす! 超大変なんですー!」


 ルーチェは、私がまだ外で訓練中だと思っているみたいだ。窓から外に向かっていつものように声を張り上げて私を呼んでいる。


 シャワーを浴びているというのにハッキリ聞こえてくる彼女の声に、私は自身のお腹に視線を落とした。


 私も、もう少し腹筋を鍛えようかしら? これから先、何かあって助けを呼ぶときにあの位の声量が必要になるかも知れないわね。


 そんなことを考えた後で、浴室から出ようとシャワーのハンドルを閉めると、「バンッ」と大きな音が聞こえてきた。先ほどより強く部屋の扉が開かれた音だ。


 ……はぁー、私の部屋の扉を壊すつもりかしら? それとも、何かあったのかも? ルーチェは大変だと言って私を呼んでいたわね。


 そう思った瞬間、次に聞こえてきた音に私は急いでバスローブを羽織った。


「ダン! ガシャン! ドタン!」

「キャァー」


 な、何事? 今の声は、ルーチェだわ!

 私の部屋で何が起きているの?


 すぐに浴室の扉前に座り込むと扉に隙間を作って部屋の様子を覗き見る。


「やめてー!」


 ルーチェの叫び声と同時に視界に入ってきたのは、(おぞ)ましい光景だ。


 窓際に立つルーチェ。ルーチェの前で彼女を庇うように剣を構えている血だらけの見えない彼、そして見えない彼に血の付いた剣を振り上げているのは……ルーフェルムだ!


「な、何してるの! 止めなさい!」


 気がつけば、浴室の扉を思い切りバタンと全開に押し開き、そう叫んでいた。



 

 私の叫び声に振り返ったルーフェルムは、バスローブ姿で目の前に現れた私に驚きの表情を浮かべる。


「ふ、風呂に入っていたのか」


 自分が血だらけの剣を掲げているのを忘れているようで、何事もなかったのかのような口ぶりだ。


「……だ、だから……何してる……のよ」


 ルーフェルムから視線をずらしよく見れば、 見えない彼が左手でお腹を押さえている。

 手は真っ赤に染まり、そこから血が垂れ落ちている。その後ろでは、青白い顔色をして泣いているルーチェの姿がある。

 視界に映る部屋には、床やカーテンに飛び散った血で赤い模様が作られていた。


(……こ、これは……一体何が……起きたの?)


 目にした光景に思考が追いつかない。

 周囲の動作は、ゆっくりと動いているように見える。それと同時に、不快感を感じると嘔気が込み上げてくる。


「ゴポッ、ゴポッ!」


 変な咳をした見えない彼に視線を向ければ、体を丸め口から血が吐かれたようだ。

 そして、泣きながら彼の背中をさすり出したルーチェ。

 私から視線をずらし、それを見たルーフェルムは眉間を寄せた。


「チッ。……目障りだ。死ね」


 浴室の扉を出てから、ずっとスローモーションで動いていた光景がルーフェルムの放った言葉で通常に戻されると、腹の底から彼の名を呼んだ。


「ルーフェルム!」


 同時に、私の体は意志を持たずに勝手に動きだし、見えない彼の前に手を伸ばしていた――。





「ウィラ、危ないだろう。髪を……切ってしまった」

「はっ!」


 後ろから聞こえる声に我に返る。


「お、お嬢様!」


 瞬時に閉ざされた目を開くと、見えない彼の肩越しに涙だけでなく鼻水まで垂らしたルーチェの顔が見える。

 どうやら私は、ルーフェルムと見えない彼の間に挟まれているようだ。


 ルーチェの無事を確認するため彼女に向かって手を伸ばす。すると、伸ばした私の腕からハラリと金色の髪が床に落ちた。

 床を見れば数えられるくらいの本数だったが……。


(……私の……髪?)


 それが私の髪であると認識すると、怒りと恐怖が溢れる。私の髪は、ルーフェルムの剣によって切られたのだろう。

 髪が切られたということは、彼は剣を振り下ろしたということだから。


 多分、私が間に割って入った為に、振り下ろす角度を変えたのだろうけど。私が動いていなければ、見えない彼は……斬られていたのだ。


 どうして、こんに簡単に……人を斬ることができるのだろう。此処は戦場ではないのに、家の中でルーフェルムが部下を斬りつけるなんて思ってもみなかった。彼は私が思う以上のサイコパス野郎だったのだ――。




 後ろから私の髪の毛を手に取り、切れた場所を確認しているルーフェルムの手を軽く叩いて払う。


 目の前にいる見えない彼の顔色は、血の気が引いているのが分かる。彼の腹部を押さえている手からは未だ出血が続いている。

 髪を斬った事の謝罪の言葉が聞こえてくるが、今はサイコ野郎の相手をしている時間はない。


「ウィラ、ごめん。避けきれなくて少し髪が切れてしまっ………」

「ルーチェ、すぐに家の主治医を呼んできて!」 

「……で、でも」

「私が彼を護るから、大丈夫よ。怪我をしたのですぐに私の部屋に来るように、そう私が主治医を呼んでいると伝えてくれる?」


 そう彼女に告げれば、ルーフェルムは小さく鼻をならした。


「フッ……医者だと? こいつの為に? 殺せばいいだけだろう?」

「……ふっ……ざけんな!」


 初めて斬られている人を見た。初めて血だらけの身体を目にした。見えない彼の様子に私自身の血の気が引いていくほどなのに。

「死ね。殺す……?」そう言葉を口にするときに発せられる彼の殺気。この場の全てにおいて身が震える。

 怖い? 怒り? そんなもの、今は感情に左右されている場合ではない。この場をどうにかできるのは私しかいない。震えている場合ではないのだ。

 目の前にいる二人が殺されるかも知れないと思えば、自然とやる事が明白になる。

 何と言われようが、今は目の前で身体を丸めている彼を助けることが先決だ。


「邪魔だから出てって!」


 一度振り返り、そう言ってルーフェルムを睨むと、彼は眉間にシワを寄せた。


 ルーフェルムと重なった視線で、私は一瞬戸惑った。

 戦場ではないここで見えない彼が死んでしまったら、ルーフェルムは一生……小説の登場人物のような人物になってしまうのではないか。もう、出征前のその辺にいる子供だった彼と会うことはできなくなってしまうのではないか。彼の瞳を見て、そんな事を考える。


 その後で、雑念を振り払うかのように首を左右に振り、今は見えない彼を助けることだけに集中するために私は彼に背を向けた。




お読み下さりありがとうございます。

誤字脱字がありましたらごめんなさい。

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