20 突然の訪問客 4
トマトと豆のスープにアボガドと海老のサラダ。メインディッシュは厚切りのローストビーフを料理長自慢の熟成オニオンソースで味わった。
豪華な食事が食べ終わったところで、最後のデザートが運ばれてくる。
(……わっ! バナナだわ!)
最後を締めくくるのは、バナナとクリームのクレープだ。その光り輝いて見えるバナナに目が釘付けになる。この世界ではまだ数回しか食したことがない代物だ。
でも、こんなに貴重なバナナを前にしても、美味しく食べられないのかと思うとため息が出る。それは、この世界のバナナは甘味が増す前に食べるのが主流だからだ。
厨房に何度も乗り込んで料理長に、『皮が真っ黄色になって、黒い斑点が出るまで寝かせてよ!』と教えてるのに。ちょっと硬めで甘くなり始めたばかりの熟していないバナナしか食べさせてくれないのだ。見た目と違って、口にするとかなり残念な気持ちになる。
……あまり期待してはダメよ。いつもそうだったでしょう?……前世のバナナを思い出して食べると、結局は期待を裏切られるのよね。でも、今日のバナナはいつもの白色よりもクリーム色に見えるのだけど……。
「ヴィラ。どうして今日の入学式に居なかった」
ルーフェルムにそう尋ねられたときに、バナナをフォークに刺したところでいつもより柔らかいなと感じる。
「王立学院へ入学していないからですわ?」
質問に答え、期待しないでバナナを口に入れてみた。
……あっ! コレよ、コレ! ちょうどよく熟されたバナナだ。これを、どれほど食べたくてたまらなかったことか!
この世界に来て、初めて食べることが出来た普通のバナナに感激し顔が綻ぶ。
「入学する年齢になっただろう」
「……でも、まだ王立学院へ入学したくなかったのです」
次は、バナナにクリームを載せて……。うん、美味しい。クレープの薄さもバランスがいい感じだ。
「俺は、最高学年からの入学になったが……今日は、同じ入学式に出られると思っていた」
「そうでしたか。残念でしたね」
出来れば、チョコレートをかけて欲しかったけど。
「会場前でウィラを待っていたが。……残念だった」
「本当に、残念です。チョコレートがかかっていれば、チョコバナナクレープになったのに」
「……チョコレート? ……では、明日一緒に買いに行こう」
「えぇ。バナナなんていつぶりに食べたかしら? チョコフォンデュも食べたいわ」
「俺の話を聞いているよな」
「えぇ。勿論ですわ」
まずい。バナナに気を取られすぎてしまった。
……そうだった、隣から私に声をかけていた人物をすっかり忘れていた。今のメインはバナナじゃなくて、ルーフェルムなのにぃ。
私ってば、頑張っていたのに……。また家族が冷ややかな視線で見ているし。
……私を見るより先に、助け舟よ。家族の明るい未来のために助け舟を出して下さいな。
私の『マジ助けて』ビームに気がついたゼフォル兄様の表情が呆れ果てた顔に変わる。どうやら、援護に回ってくれるようだ。
「ルーフェルム君。ウィラは、2年間セルビッツェ国立学院へと通い、最終学年の1年間を王立学院へ通う予定なんだ」
ルーフェルムに私が王立学院に行かない理由を変わりに答えた。
「そうなの。ウィステリアは誰に似たのか、子供らしくなくて……。今の内から自分の資産を運用するって言い出したのよ。家庭教師の先生方も、王立学院での普通科目は教え終わっていると言うし」
「今は、勉学も公爵家に嫁ぐまでの教養も復習している段階だ。だから、王立学院へは最終学年の一年間だけ通うことになっている」
それに続いて両親まで、私の援護に入る。といっても、両親が口を揃えそう言うのは、政略結婚という私の今後の心配からくるものなのかも知れないが。
「資産運用? 何をしているんだ?」
「今から始めるところですわ」
「では、何をするつもりなんだ?」
「山を持っているので……木を活用し、丸太で家や家具を作れればと。今日は、業者に相談に行ってきました」
「ふぅーん」
ルーフェルムには武器を作るとは言いづらい。いや、言えない。家具を作るにしては、丸太はまずかったかな?
家族にも家具を作るとしか話していないのは、言ったところで大変な事になるのが目に見えているからだし。どうせ返ってくる言葉は、令嬢らしからぬ……とか。嫁いだ先に迷惑が掛かるとかだろう。
まぁ、自分の娘が最新式の武器を作っているだなんて、知らない方がいい事もあるわけで。
両親想いの娘が親を心配して、わざわざ隠していると言った方が聞こえがいいかな。
それと、ルーフェルムが最高学年から学院に入学したということは、小説の内容と同じだ。
彼の王立学院生活での一年間は成り上がり令嬢と出会い親密になっていくだろう。
そう思うと、私が殺される確率もうなぎ上りに上昇すると思うのだ。
確かに、小説と今の私は違う人生を歩んでいる。けれども、今後どうなるか分からないし、そんな中で小説と同じ事も起こっている。
ルーフェルムと結婚しないかも知れないし、結婚しても離婚するかも知れない。死を回避出来たとしても、その後が分からない。
だったら、この国から……この大陸から脱出した方が早いのでは?
小説の舞台から降りて外に出て行けばどうだろうか。それには、必要なものはお金と小説の登場人物達の知らない脱出経路を作れる人脈だ。
今の私は、とてもツイてる。なぜなら、戦争に出征した人々には申し訳ないのだが、フォールヴァン大陸大戦のお陰で大金持ちになれるのだ。
それは、この戦争で大陸中の魔結石が掘り出されたことにある。魔道具を使うには魔結石が必要だったからだ。そして、私は魔結石がザックザクの鉱山を持っている。
この国では、所有権者が成人前の子供になっている場合、いかなる時も国は没収出来なくなっているのだ。
小説の中で婚約者だったレイバラム第二王子殿下は、王妃様から聞いていた。ウィステリアが鉱山を所有していることを。
ウィステリアと結婚したくないのなら婚約を解消するだけでよかったのではないかと私は思っていた。だけど、そもそも婚約を取り消す理由こそが違かったのだ。
ウィステリアの財産欲しさに彼女の有責で婚約を破棄するしかなかったわけだ。その後で、成り上がり令嬢がウィステリアの財産を奪うために、第二王子殿下までもが利用されていたと知ったわけだが。
でも今はまだ鉱山は私のもので、既に魔結石を掘り出す段階へと進めている。
……これから、どんどん値上がりする魔結石をあの二人に搾取される前に、私が空にしてやるのだ。
小説と違いレイバラム第二王子殿下と婚約をしていないが、違う方法で財産を奪われる可能性もあるし――。
「では、わたくしは先に退席いたしますわ」
「ウィラ、明日は朝一で迎えに来る」
(ヒッ!)
私が笑顔で席を立つと、ルーフェルムが素早く私の手を掴んだ。
普通に会話は出来るようになったのに。手を掴まれただけで体が怯えてしまうだなんて、私ってばこんなんじゃ駄目だわ。でも、この席に着いてから二回も彼は私に触れてきた。もしかしたら、彼は人の温もりに飢えているのだろうか。誰かに触れたり、癒されたいといった温かさや安心感を求める行動で手を掴んでしまうのかも知れない。
……それよりも……明日、迎えに来るって言ったわね。なんで? 明日って、何かの催しでもあったかしら?
「明日ですか?」
「チョコレートを買いに行くと言ったが」
(……あっ。チョコレート!)
「……そうでした。すっかり忘れてしまうところでしたわ。明日が待ち遠しいです」
「……待ち遠しい?」
「えぇ。ルーフェルムと一緒に買い物に行けるだなんて、こんなに嬉しいことはありません。何を着ていこうかしら。明日を楽しみにしていて下さいね」
「……嬉しい……楽しみ」
「では、おやすみなさい」
「あ、あぁ……おやすみ……」
ダイニングの扉をパタンと閉めたところで、いい案が思い浮かぶ。
……ルーフェルムが成り上がり令嬢とどうにかなったとしても、私を殺さないように話が出来る人間になればいいんじゃない?
ちょっと今夜は失敗しちゃったけど、明日はめっちゃ優しいウィステリアになって、ルーフェルムの治療に専念しなきゃだな。




