19 突然の訪問客 3
家族からの痛い視線に怯むこともなく、今の私は心が弾んでいる。
なぜなら、大きな問題点でつまずくこと無く克服する方法を見つけられたって感じで、気分がすっきりしたからだろう。
解決の方向性を定めた今の私は、気持ちが吹っ切れて怖い物が無くなった。……と、言えばいいだろうか。
そうそう! 犬が威嚇するのは、恐怖や不安に想う気持ちからだと聞いたことがある。ならば、会話だけじゃなくて、ルーフェルムが安心できるように、不快にならないように、優しくオブラートに包むかのように……接してみようか。
そう思い、私は柔らかな表情を作ってルーフェルムに話しかけてみた。
「本当にお疲れ様でした。戦場にて過酷な日々を過ごされた分、これからのルーフェルムには自分自身を労って欲しいです。大丈夫、貴方の未来には幸せな日々が待っていますわ」
私の言葉に、ルーフェルムの目が一瞬だったけど少しだけ見開かれた。
……臭いセリフだけど、先ずはいい感じで彼の反応が見れたわ。私ってば、こんな言葉を言えるだなんて自分に惚れ惚れするわね。
「……震えている」
(……ん? 震えてるって……)
あっ、私か……。確かに、ちょっと自分に酔いしれて震えてはいるけれど。ルーフェルムが反応したから、私自身の言動に感動しただなんて言えないし。
「だ、大丈夫ですわ。何ともありません」
「寒いのか」
(ヒッ!)
突然手を握られ、驚いて肩がピクッと跳ね上がったが、声が出なくて良かった。しかし、寒くて震えていると思われるとは……。ならば、また臭いセリフをもう一言。
「寒くはありません……久しぶりにお会いできたので緊張しているのです。心配して下さってありがとうございます。とても、嬉しいです」
「……嬉しい?」
「はい。心配して下さり、嬉しいですわ」
「出征していたから、会えなくて悪かった」
……いや、私は会いたかったとは言っていないよ。ちゃんと聞こうよ。
悪かったと言われても、出征する前も婚約してから3回くらいしか会っていなかったよね。でも、そんなことより気になるのは……手! いつまで握ってんのよ。寒くないって言ったじゃん。
「では、食事を続けましょう。沢山食べて下さいね。お腹が満たされると幸せになれるのですって」
首を傾けそう言って微笑むと、彼に握られた手がやっと解放された。
何も返事は返って来なかったが、彼のくすんで色褪せた瞳が澄んだ銀色に戻り、その中に私の顔が映し出されたのを確認できた。なかなか、いい感じになってきているのではないだろうか。
食事を再開すると、先ほどの味のない食事が嘘みたいに美味しく感じられる。気分次第で食事の味も変わるのだと思うと、気がつけば彼にもこの味覚を味わって欲しいと思う私がいた。
しかし、ルーフェルムと最後に会ってから、そんなに月日が経っていたのかと思う。
それというのも、フォールヴァン大陸戦争が開戦したことで彼は10歳の最年少で出征したからだ。私がまだ8歳のときであり、彼と婚約を結んでから2年と経っていなかった。
此処、フォールヴァン大陸には9カ国が所在している。その中の一つが、我が国のガウスザルド国だ。
ガウスザルド国は、大陸の北端から中心に流れる川と、東端から南西に向かって流れる川が途中枝分かれした川に囲まれている大陸で2番目に大きな国である。
そして、約8年前。この大陸の南端にある複数の部族の集まりで出来た小国、マーダイ国の国王が崩御したことにより、マーダイ国を巡って隣合う3カ国が戦争を勃発したのだ。
その半年後、大陸にある国々が領土拡大を狙い次々に参戦したことで大戦に突入した。
我が国も時を見計らっての参戦になった。そして、月日が流れ我が国の勝利目前にして、大陸で一番力のあるサジェトル大帝国が参戦してきたために長期戦になったようだ。
長引いた戦争がやっと終戦を迎えたときには、この大陸に所在する国は6カ国になったと先日父様から聞いたばかりだ。国を存続させ続ける事が出来なくなった国が力の強い国に吸収されたのだろう。
ルーフェルムはまだ幼かったが、公爵家の男児は10歳から出征できる。そう育てられているからこそ、出征したのだと聞いた。
出征してから3年後に、彼は一度国へと戻ってきたみたいだが、直ぐに戦場へと戻って行ったと聞く。そんなこんなで……まぁ、ずっと会っていなかったわけだが。
公爵夫人から、ルーフェルムの状況が書かれた封書がたまに届いたのだが、全く内容を覚えていない。読んだ記憶?……まぁ、それは置いといて……今のルーフェルムを観察するまで彼のことなど何とも思っていなかったのだ。
私はただ、この世界で殺されない為に試行錯誤してきただけ。自分のことしか考えていなかった。確かに小説では、ウィステリアと結婚したルーフェルムは嫁より他の女の元へ行くような奴だったが。ウィステリアは、こんな状態のルーフェルムが怖くて会話も出来なかったようだし。よくよく記憶を思い出して見れば、ウィステリアもルーフェルムもただ結婚しただけで、そこにお互いを想う気持ちはなかった。その為、お互いに干渉する余地もなかったのだろう。それに、ルーフェルムの行動にも不審な点が多く見受けられていたような気がする。こんなことになるなら、ちゃんと読んで置くべきだった。
それはさておき、目の前の彼だ。私は、この人の事を知りもしようとしなかった。
10歳で戦場へと駆り出された想いも、戦場で何を想いながら戦っていたのかも、どんな気持ちで人を殺してきたのかも……何も知らない。知ろうとも思わなかった。
感情を失くす程の惨い日々を送って来たであろう彼を知ろうともせず、ただ惨忍な人物だと決めつけて。
(……ごめんなさい)
両親がルーフェルムと会話を始めると、国王陛下が彼をフォールヴァンの英雄といって語っている話を父様が話し出した。
しかし、戦争の話が始まると耳に入ってくる内容にぞっとする。実際に、戦争の経験がない私にはどれ程過酷なのかは分からないが。確かに、そんな場所にずっといたわけで……そんな場所で成長してきた彼が可怪しい人間になっても仕方がないと、今更だけどそう理解することが出来た。
……今思えば、小説の中で彼が戦場から帰還したときに白銀の髪色だったと書かれていたが、それほど過酷な日々を過ごしていたと伝えたかったのかも知れない。
……それと、もう一つ。
先ほどは左手で握られていて気が付かなかったが……彼のシルバーを持つ右手を確認すると、小説通り5本の指先に生えている爪の色が鮮血色に変わっていたのだ――。
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