1 記憶の中の結婚式 上
この作品はご都合主義作品になります。
本日あと1話投稿します。
「――ふぁ〜」
(……駄目だ。眠いぃー)
大きく口を開いてあくびをすると、進行の流れについて話す修道士様の目がギロリと私に向けられた。
昨夜は、今日の事を考えると緊張してなかなか寝付けなかったのだ。
だからだろうか、ぽかぽかとした陽気に瞼が幾度となく下がるのは。
それに加え、この拷問のような長い話だ。
修道士様の低い声が、私を寝かし付ける為の子守唄にしか聞こえない。
いつまでだらだらと続ける気なのかしら?
……もう駄目、もう無理。
……このままじゃ、流石に不味いわ
そう思いながら、何度目かのあくびがでそうになる口を手で押さえると空を見上げ気を紛らわせる。
しかし、それも無駄な努力で終わりそうだ。
……ピカピカなお日様も見えているし、これならきっと無事に終わるだろう。
そう安堵したのが悪かった。
コクリ、またコクリと頭が下がり、修道士様の心地良い声音に身を任せると直ぐに視界は閉ざされた。
暗闇の中に文字の列が浮かび上がる。
懐かしい文字を読んでいるのは、記憶の中の過去の私だ。
今私が存在するこの世界は、私が記憶している小説の世界と同じはずなのに。
……どうしてこんなに違うのだろう。
もしかしたら、小説の内容とは真逆の世界に転生していたのかな?
そう考えると、転生する前の思い出された記憶の中のこの世界……過去の私が読んでいた小説の中へと意識を飛ばした――。
◆◆◆
『カラーン、カラーン……』
教会の鐘がなると、ウィステリアは夜空を見上げ儚げな表情を浮かべた。
視線の先にあるのは、濃い紺色をした空にぽっかりと浮かんでいる金色の丸い月だ。
もう後戻りはできないのだと望みが絶えながらも、夜空に向かって手を伸ばし月を掴んだ。
皆が寝静まるという時間帯に結婚式を挙げることになるなどと夢にも思わなかった。
静まり返った暗闇の中で、参列者は誰もいない。いや、先ほどまでは幾人かはいたのだけれど。そう、先ほどまでは……。
教会の開かれたままの扉の前でウィステリアを置き去りにしたのは、これからウィステリアの夫となるルーフェルム・バードゥインだ。
『呼ぶまでここから一歩も動くな』
ルーフェルムはそう言って、ウィステリアを残し一人教会の中へと入って行った。
ウィステリアは、ぎゅっと瞼を閉じた。
悲鳴や叫び声が教会内に響き渡る。見えなくても聞こえてくる音までは防ぎようがなかった。
本当ならば、ここから逃げ出したい。そう思っているのはウィステリアも同じだ。
助けることも逃げることも出来ない。今は、こうして生き残ることが出来たとしても、この先は分からないのだ。
聞こえてくる声の主達と同じ運命を辿るのは目に見えて分かっている。早いか遅いかの違いだけだ。
しばらくすると教会内はひっそりと静まり返った。それでも、ウィステリアは怖くて瞼を開く事ができずルーフェルムに呼ばれるまで暗黒の中で一人恐怖と戦った。
『おい、終わったぞ』
静寂に包まれた中でルーフェルムの声がひっそりと響き瞼をどうにか押し上げる。
視界に入ってきたのは、窓から差し込む月明かりに照らされたルーフェルムの妖艶でかつ神秘的な美しい姿だ。
月を掴んだはずの手を胸の前でゆっくり開き、視線を落とすと小さなため息が漏れた。
何も持つことが出来なかった手は、今までの己自身を見ているかのようだ。
これから地獄の日々が始まるというのに、希望の欠片も持っていないだなんて。流す涙はとうに枯れている。そのうち、押し殺す感情もなくなるだろう。
『何をしている。早く来い』
ルーフェルムの冷ややかな声に恐怖が増す。小刻みに震える体の動きは止まらない。小さく深呼吸を繰り返し拳に力を込めると、教会の扉という地獄への入口に足を踏み出した。
恐る恐るウィステリアはヴァージンロードをルーフェルムの下へと歩いて進む。強張った体は機能が低下し上手く足が運べない。
周りを見ないように視線を彼だけに集中するが、彼の真っ白だった衣装には赤い模様がべっとりと付いている。
更に左手は真っ赤に染められ、握られている剣の刃先から赤い液体がポタリポタリと垂れ落ちているのだ。
鉄の不快な臭いがする中を、ルーフェルムの下までどうにかたどり着くことが出来たウィステリアは、彼の隣に立つと生唾を飲み込んだ。
ルーフェルムを見上げれば、ニヤリと笑みを見せられ恐怖が頂点に達する。
カランと剣が床に落ちた音で床を見ようとすると、ウィステリアの顎がぬるりとした手で持ち上げられた。
彼の顔が近づき唇が重ねられると、ウィステリアの意識はそこで途切れた――。
◆◆◆
「コホンッ」
隣に立つ父様の咳払いで、ハッとして目を開く。
居眠りをしている間に修道士様の話も終わったようだ。……が、なぜだろうか。二人から突き刺すような視線が向けられ首を捻る。
……ん? そんなに睨まなくてもいいじゃない。
話しを聞いていなかった私も悪いけど……。
そう思うと、二人へ『はいはい。すみませんでしたー』と視線で返す。すると二人から返されたのは『違うから!』と訴えるような視線だ。私は、『はぁ? 意味わかんない』と首を傾げると、二人は3度視線をずらして瞳を輝かせた。
……なるほど、なるほど! そっちだったのか。
ドヤ顔で彼らから送られた視線の合図に大きく頷くと、二人はコクコクと2度頷き返す。
彼らが3度も見た先に視線をずらせば、妖艶でかつ神秘的な超絶美男子が媚を含んだ眼差しで私を見下ろしている。
気合を入れていないと、その瞳と視線が重なっただけであの世に行けそうだ。
彼は今から私の夫となる人だ。新郎なのに、新婦より美しいっていうのが「チッ」気に入らないが。
見た目は神の領域って感じ……けれど、ちょっと問題児……だとでも言っておこう。
「ルーフェルム。そろそろ始めましょう」
後ろから私に抱きついていたルーフェルムにそう告げると、文句をぶつくさ言いながらやっと離れた。
一足早く教会の裏口から入場する彼は、名残惜しそうに私を振り返り、沈んだ表情を見せながら移動していく。私は、そんな彼に無愛想な態度を取ってしまったが仕方がないと自分を悟った。
それは、目の前にある教会の扉が原因だと思う。
『教会の扉という地獄への入口』
……そう記憶しているのだ。
扉を見据えると、そろそろ何とも言いようのないこの気持ちに折り合いをつけるべきかな……などと悩みながら考えてしまう。
今、私は分岐点に立っているのではないだろうか? と思いはするものの――。
だからといって、今更か――。
この世界に転生して、小説と同じように殺されないためにと思って試行錯誤しながら生きようと努力してきたのに。どういう訳か、彼との出会いから小説の内容と異なっていたのだ。……なのに、小説通りに進むこともあり、困惑しながら今日という日を迎えたわけだ。
胸糞が悪かった小説は、転生後の小説の世界でも納得のいかないことに戸惑うばかりだけど。
でも……今の私は、目の前にあるこの扉を幸せへの入口だと思っている――。
『教会の扉という地獄への入口』
……そう記憶していたのに。
……この扉に足を踏み出せば、後戻りは出来そうもないわね。
……当然、後に戻る気はさらさらないけどっ。
お読み下さりありがとうございました。
誤字脱字がございましたらごめんなさい。