16 創作活動始めます 4
のどかな田園風景を見ながら欠伸が出る。
馬車はカタコトと微動を繰り返し、この時間は昼寝に最適だと思う。
ヨダレを垂らしながらムニャムニャと寝言を言っているルーチェの姿をみれば、自然と頬が緩む。
目的地まであと少しの距離だろうと思い窓を開けると、さわやかな風が眠気覚ましとなった。
次に向かうのは、商業と鉱業を営んでいるジルベンタ商会だ。会長は、平民から準男爵位を叙爵した人だと聞いている。
鉱山の採掘業だけを地道に営んでいたらしいが、切れ者の息子が商業を始めたことで一つの商会を立ち上げたのだとか。
ジルベンタ商会は賃金の支払いも良く、働く人も真面目に仕事をする人が多いということだ。
この情報は、ルーチェに頼んで『見えない影の彼』に一週間偵察に行かせた結果だ。
……ふふっ……なので、間違いない!
先触れも出したことだし、ちょっと早く着いてしまう予定を組んで……労働者の働いている姿、そう艶々テカテカ光る筋肉を眺めながら時間を潰す……ふふっ、いいかもっ。
なんて、ニヤニヤしながら商会に書面を送った。
でも、王都にある商会にてお待ちしておりますと書かれた返事が返ってきた。
せっかくなら、現場の様子を自分の目で見て確認し、納得した上でジルベンタ商会にお願いしたいと、もう一度書面を送り返してみた。その後で、採掘現場で落ち合う返事をもらえたのだ。
「ルーチェ。そろそろ起きなさい」
「……ん……どうしました……か?」
「そろそろ現場に着くわよ」
「……ん。ふぁー……早くないですかー? もう着くのですかー?」
欠伸をした後で、目を袖で擦りはじめた彼女の腕を急いで掴む。
「擦ったら腫れ上がるわよ」
「気をつけます」
全く……。
これでは、どちらが侍女か分からない。
「あっ、馬車が減速しました。お嬢様、そろそろ降りますからね」
「はいはい」
採掘場の門前で馬車から降りそこから伸びる道を見れば、坂を登った先が現場のようだ。
『ゴゴゴ、ゴゴゴ』
小さな地響きの音が足裏から伝わってくる。
「すぐそこが現場みたいですね」
「えぇ、行きましょう」
小石の敷かれた坂道に足を踏み出すと、ジャリ……靴裏の音が鳴る。次に2歩足を運べば、ジャリジャリ……「ふふっ」。靴裏から伝わる振動に身が震え、私は勢いよく坂道を登り始めた。
初めのうちは、ジャリジャリと小石を踏む音を楽しみながら歩いていた。けれど、だんだん足が重くなる。そして、普段使われていないであろう足の所々が痛み出してきた。
「ここの内側を鍛えた方がいいわね」
「ウィステリアお嬢様は偏った筋肉作りをしているから、足に負担がかかるのでは?」
ポツリと口に出した言葉を、前を歩いていたルーチェが拾うと呆れ顔を浮かべ振り返る。
「ならば、ルーチェは痛いというか張ってると感じるところが無いの?」
「はい。ありません」
「そ、そうなの……」
先ほどまで、ぐうすか寝ていたルーチェに即答され、めちゃくちゃ悔しい。
『ガコン、ガコン』
『ゴロゴロ、ガシャン』
採掘現場を見れば、稼働している重機の音に続き地面が揺れる。山の空洞から出てきたトロッコは、線路を走って採掘した物を運んでいるようだ。
「……こちらでーす」
採掘場とは反対側の方から聞こえた声に視線をずらせば、立ち並んだ木の下に丸太を積み上げ建てたような大きなログハウスが見える。そこから手を振りながら、こちらに駆け寄ってくる男性の姿が見えた。
「こ、こんな……ところまで来て……くださりあ、ありがとう……ございます」
ゼフォル兄様より少し年上に見える男性が息切れをしながら頭を下げる。
「大丈夫ですか? 先ずは、息を整えて下さい」
「……は……はい」
ふわりとした茶色の癖毛の彼は、赤茶色の瞳を細め柔らかく微笑む。が、すぐに息を、「スーハー、スーハー」と大きな体で繰り返す。その様子に、自然に笑みが溢れる。
「ふふっ。はじめまして、わたくしはウィステリア・ラジェリットと申します。書面にてお伝えした通り、わたくしの持つ鉱山の採掘をお願いしたくて、お仕事場まで押しかけてしまい申し訳ございません。お忙しい中でお時間をいただきありがとうございます」
そう挨拶をすると、彼は姿勢を正した。
「私は、ジルベンタ商会のラグナード・ジルベンタと申します。日差しが強いので、事務所の中でお話を伺いましょう」
大きな体で私を見下ろしながら爽やかな表情で手を差し出す。私は彼の手を取ると、エスコートされながら事務所へ移動した。
事務所内に簡易的に作られた接客スペースに通され、切った丸太の上にクッションを載せただけの椅子に腰を下ろす。
目の前に、二本の横に寝せた丸太を脚にし、その上に縦に切った丸太を横に寝かせた即作テーブルがある。ジルベンタ様がそのテーブルにカップを置き、「冷たい紅茶です。どうぞ」とお茶を勧めると、対面に彼も腰を下ろした。
「さっそく、お話をお伺いしたいと思います。ウースロ山の所有権と鉱業権は、どちらもウィステリア・ラジェリット様で間違いないでしょうか」
「はい。確認していただきたく書面を持って参りました」
私の返事に、用意してきた書類をルーチェが即座にテーブルの上に置く。
ジルベンタ様は、それを手に取り内容を確認するが、最後の一枚を見ると顔をしかめた。
「こちらは……事前にお調べになったのですね」
「はい。その方がジルベンタ様とお会いしたときにスムーズにお話が出来るかと思いましたの」
「なるほど……これは凄い。魔結石ですか」
「今回、採掘をお願いしたい期間は準備期間を含め約三カ月間を考えています。その期間で、トロッコ2台分以上の量を採掘していただけたらと思いまして、お願いに参りました」
「……現場を見て見ないことには返答が難しいですね」
「この、ウースロ山には鍾乳洞がいくつかあります。一番大きな鍾乳洞を進んで行くと……最奥付近の一面が魔結石になっていると報告されています」
「ということは、探さなく掘るだけですか。それならば重機も必要ないな」
「そうなりますね。入口は全て魔術で封鎖されているので、確認に行かれる際はわたくしも一緒に現地に行きますわ。ひと月後ならば何時でも予定を合わせることが出来ますので、連絡下さいますか」
「場所が北部なので、着工するなら秋までに終わらせたいですね。……返事は見てからになりますがよろしいでしょうか」
北部の冬は毎日のように雪が降るから作業が大変なのかも知れない。
洞窟の中であれば雪は関係ないと思うのだが……。
やはり、現場のことは実際にその仕事に携わってみないことには分からない。そのため、時期はジルベンタ様に任せるしかないだろう。
「えぇ。よろしくお願いしますわ」
そう言って、笑顔でジルベンタ様の前に手を出し、彼と握手を交わした。
最後に現場を覗かせていただきたいとジルベンタ様に告げる。
「丁度、休憩時間で飛び石などの心配もないので、ゆっくりご覧いただけると思います。」
「えっ……。きゅ、休……憩……中―――」
信じられないことに、運悪く休憩時間となっていた。
そして……本日この筋肉鑑賞時間を楽しみにしていた私は、ジルベンタ様の言葉に肩を落として帰路に就くこととなった――。
お読み下さりありがとうございました。
誤字脱字がありましたらごめんなさい。




