14 創作活動始めます 2
店の扉から出てきた可愛らしい令嬢とすれ違った後で、私は首を捻った。
令嬢が裏ギルドを利用しているだなんて、何か訳がありそうだ。まぁ、私もだけどっ!
「どう見てもあの装いは、貴族の令嬢ですね。綺麗に化粧もされていたし、手もすべすべでした。一人で裏ギルドへ来る令嬢なんて普通なら考えられません。あの様子だと常連さんですよ。何を購入したのでしょうね」
「えっ? そんな事まで分かるの?」
ルーチェの言葉で咄嗟に自分の手を見てみれば、なんとも言えない気持ちになる。……タコだらけだ。
しゅんとした私の様子にルーチェは眉尻を下げ、「普通の令嬢ならばです」と柔らかに微笑みを浮かべた。
……今のは、追い打ちをかけたのではなくて、慰めの言葉だったのだろう。……きっと、そうに違いない。
「初めて裏ギルドに来たならば、誰かに見られたらオドオドするはずだし。さりげなくワンピースのポケットを押さえていたので、購入した物を入れていたのでしょう」
「ルーチェったら……色々なことを学んでいるのね。私は貴女から学ぶべき事も沢山あるみたいだわ」
「何を言っているのですか? 私からお嬢様を護る仕事を取るつもりでしょうか?」
「……違うわよ。今まで家にばかり籠もっていたから世間を知らな過ぎたかなと思ったの。そうね、これからは頻繁に外出することにしましょう」
「……でも、気になりますね。今の方は、どう見ても私なんかより若いし……何を購入したのでしょう」
そう言われてみれば、若い令嬢だった。
綺麗な瞳をしていたが……あぁぁぁ―――!
ピンクゴールドの髪にエメラルド色の瞳といったら……成り上がり令嬢と同じよね。えー、マジあり得ないんだけど。私ってば、なんでもっとよく顔を見なかったかなー……ウィステリアを死に追いやった奴なのに! なんなら戻る、戻っちゃう? そして後ろからグサッとしちゃえば……いやいやいや、それは犯罪でしょう。
でも、裏ギルドから出てきたということは……まさか、もう魔銃を? いいえ、それはないはずだ。だって、魔結石を買うお金は大金だし。
魔結石とお金欲しさにレイバラム第二王子殿下を篭絡するわけで。学院に入学してからじゃないと彼女は彼と出会うことなど出来ないだろう。……ん? 今日は、学院の入学式だったわよね……となると、アレか。
「ルーチェ。すれ違った令嬢が何を購入したのか調べられるかしら?」
「……裏ギルドでは客の情報を教えてはくれませんが、どうにかしてみましょう」
キラリと輝かせた目を細め、ルーチェは口角を上げた。……どうも、侍女からできる女捜査官へとジョブチェンジしたらしい。
そして、約束の時間と同時に私達は裏ギルドの扉を開いた。
扉を開くと、中から漂ってきたコーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。
カウンター越しでルーチェが「お勧めのハイブレンドを……」と告げると奥の席へ通された。
隣の席に座っていた中年の男性に声をかけられると、ルーチェが話しだしたところでコーヒーがテーブルの上に置かれる。
置いた給仕を見上げると、頭上から三つ編みにした長い焦げ茶色の髪を後頭部へと垂らし、褐色の肌に映える蜂蜜色の瞳をもつ、なんともゴツい女装をした男だった。
「ありがとうございます。香りがとてもいいわ」
「お勧めのハイブレンドは、苦味がある。ミルクで調整してくれ」
そう言って、小さなミルク瓶を置くと彼は対面の席に腰を下ろした。
「美味しいわ」
「そうか。それで、お嬢ちゃんが俺を指名した依頼の内容を聞きたいのだが」
「……気が早いですわ。わたくしはコーヒーの味を堪能しているのです。飲み終わるまでお待ちになって下さい」
そう言葉を返すと、男は一度席を立ち小さなプレートを持ってきた。
それを私の前にコトリと置くと、また対面に座る。
「……俺が作ったチョコレートだ。食べてみてくれ」
「まぁ。貴方がお作りになったの? 是非いただきますわ」
形がイマイチなチョコレートだなと思うも、男の手作りだと聞き驚く。
初めて会った私にこれを差し出したことに首を捻るが、手に取り口の中へ運んだ。
「どうだ?」
「……仄かにマーマレードの味がしますわ。……邪魔にならない程度の分量で、とても美味しいです。ただ、好みをお伝えするならば、もう少しマーマレードの味を楽しみたいですが」
「……そうか」
「ご馳走様でした。では、早速ですが錬金術師を紹介していただきたいのですわ」
「ぷふっ……早い変わりようだな。んー……錬金術師か」
「はい。凄腕の錬金術師を望みます。それと、魔術師もお願いします。あっ、魔術師様も凄腕でなければなりませんが」
コーヒーを飲み終えたところで、女装している男に視線を向け目的を話す。彼は私に見据えるような視線を向けてきた。
「……何の魔道具を作るんだ?」
こんな小娘がと思っているようだけど、やはり錬金術師と魔術師を紹介してくれと言っただけで急に顔色を変えたわね。
「まだ、この世にない価値ある物。とでも言いましょうか」
「ふぅん。裏ギルドで作ればいいだけでは? なぜ、うちに作成を依頼しないで魔術師様と錬金術師なんだ?」
「それは、しばらくの間は出来た魔道具の存在を知られたくないからですわ」
「しばらくの間? では、時間が経てばいいと?」
「……時間が経てばいいというより、時間が経てば同じ物が出回るかも……そう考えております」
「ならば、将来は裏ギルドでも販売するような品物だということか」
「そうなりますね。そして、そうなれば……飛ぶように売れる品物になりますわ。だから、他者にはまだ知られたくないのです」
私との遣り取りに、彼の鋭い目つきは一転し、興味津々だというような表情を浮かべる。
「よし、ならば俺個人との契約にしよう。お嬢ちゃんが首を縦に振るときまでは俺も不言不語とする。それでよければ、凄腕の錬金術師と魔術師を紹介する」
彼は他言しないとは言うが、魔銃の存在を知れば、大金になると知ればどうだろうか。
「なんなら、魔法契約を交わす方向にしよう」
その言葉に、俯き始めた私の顔が上がる。魔法契約をすれば、己自身に罰が返ってくる命の契約なのに?
「約束を守ればいいだけだろう」
彼は何事でもないかのようにサラリとそう告げ微笑んだ。
「分かりました。では、その内容で依頼を受けて下さいますか」
「あぁ。……俺は裏ギルドのギルド長ダルシュだ。そして、契約者のダルシュ・ワーナトゥルだ。これからよろしくな」
「私はウィステリアですわ。こちらこそ、ダルシュ様とお呼びしてもよろしいでしょうか」
「ダルシュと呼び捨てにしてくれ。その方がいい」
「分かりました。では、わたくしは……お嬢ちゃんで。その方がいいですわ」
そう挨拶が終わったところで、契約や今後のことについて話しをしようとダルシュが立ち上がり、カウンター脇の扉の中へ私を誘い入れた。
……今の遣り取りでクタクタなのに。だからといって、これからが契約になる。
気合を入れ直さないと、そう思い椅子から立ち上がり扉のへと足を踏み出した――。
お読み下さりありがとうございました。
誤字脱字がありましたらごめんなさい。
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