動乱群像録 68
『弾切れだ!帰還する!』
別所の叫びに明石はにんまりと笑った。敵影。明らかにその俊敏で的確な機動は『胡州の侍』安東貞盛のものだった。目の前でそれを見れば明石の闘争本能に火がついた。
『時間を稼ぐだけでいいぞ!』
退却のために大量のチャフと指向性ECMをかける別所の機体に変わり明石がムカデのエンブレムの前に立った。
『これで勝てれば大金星やな』
自然と笑みが浮かんでくるのが明石にも分かった。現在魚住は羽州艦隊に同調して動いてきた越州分遣艦隊のアサルト・モジュール群と交戦中。ロングレンジ仕様の機体の黒田が出てくる心配も無い。
「ワシの名前も上げさせてもらいまっさ!」
そう言うと早速レールガンを投げ捨てて毒々しい赤い色の安東の五式に斬りかかる。まるでそれを待っていたかのように安東もライフルを投げ捨て剣を抜いた。
『なかなか興味深いな!君は』
敵からの指向性通信が割り込んでくる。ヘルメット越しに見えるのは明らかにきつい目つきが特徴の安東貞盛陸軍大佐その人だった。
「ありがとうございます!認めてくれはったんですね!」
安東に上段からの一撃を受け止められながら明石が叫ぶ。だがそこには余裕の表情の安東がいるばかりだった。
『いやあ、退屈はしないがまだまだだね』
今度は連続で繰り出される安東の突きを受け止めざるを得なくなる。一気の攻撃に明石は思い切り歯を噛み締めて耐えた。
『筋がいいが実戦を知らない……君の名は?』
「明石清海言います!」
『坊さんか……それにしては思い切りがいいな!』
「生まれは関係ないんとちゃいますか!」
一気に距離をとると明石は安東の赤い機体をにらみつけた。まだ背後では明石の部下と安東の率いる幼年兵の戦いが続いていた。
『なんやて……あれがアサルト・モジュールの機動?……あほな』
焦る明石。確かに同じ五式だが安東の機動はまるで見たことが無いほど的確で俊敏だった。完全に翻弄されていると言う感覚が明石を襲う。
『でもあちらは一機でたくさん相手にする覚悟やな。スラスター出力は最小でパルスエンジンと腕や足を降る質量機動でごまかしをかけとる』
それは十分分かっていた。だが上段からの剣先は食い止められ、突きはかわされ、体当たりは逃げられる。次第に自分が焦っていくのが分かる。
『まだまだ未熟!』
「なんや!」
安東の笑みが指向性通信のモニターに拡大された次の瞬間には明石の三式の右腕は斬りおとされていた。そのまま入った蹴りでコックピットに衝撃が走り明石は何とか機体を立て直そうとしたがすでに安東は『播磨』に向けて加速をつけているところだった。
「黒田!そっち行ったで!」
『了解!」
機体の損壊状況を明石は確認する。右腕は肩から斬りおとされ、けられた時に腰の間接の一部に負荷がかかり戦闘行動は不能になっていた。
「なんやねん!」
明石は思い切り自分の身長に合わせた大型のシートを叩いた。
いくら悔しがってもすでに安東は彼の担当区域をすでに抜けて黒田隊と交戦状態に入っていた。
『隊長……ご無事ですか?』
正親町三条楓を加えて三人いた明石の部下は今は一人に減っていた。
「帰等や。近くに味方の船は?」
『『鈴鹿』がいます。そちらで修理を受けましょう』
悔しいと言う顔の部下を見て、明石も自分が負けたことを思い知って歯軋りをした。