動乱群像録 61
「完了です、御武運を!」
技術士官の敬礼を返すと明石はエンジン系のモニターを確認した後でコックピットを閉める。閉鎖した空間。かつては死しかなかった実戦に今度は帰ってくることを考えながら座っている自分が奇妙でつい笑みを浮かべていた。
「隊長、何かいいことでもあったんですか?」
そう尋ねてきた若い部下の顔を見て自分がにやけているのに気づいて各計器類のチェックを始める。
「ワレ等と一緒でワシも実戦は初めてやさかい、色々気持ちが落ち着かん言うか……」
「おう、それなら予定通りの後詰を頼むぞ」
すでに旗艦『播磨』のアサルト・モジュールカタパルトで待機している魚住の声にさすがの明石もカチンと来た。
「魚住も死なん程度に気張れや……おいしいところは皆ワイ等がいただくさかいに」
明石の軽口ににんまりと笑みを浮かべる魚住。画面の中にはすでに発艦した別所と黒田の真剣な顔があるだけに実に間抜けに見えて再び明石の頬に笑みが浮かんだ。
「じゃあお先に!」
そう言うとカタパルトに乗った魚住のアサルト・モジュールが射出されていく。
「ほなワシ等も行こうか?」
そう言うと明石もカタパルトに向けて移動を開始する。バックパックを背負った長期戦モードの機内の雰囲気。長距離航行後に敵艦に体当たりすることを目的に作られた特攻部隊の訓練が頭をよぎる。
「隊長、レーザード・フラッグは左三つ巴に二引き両でいいですか?」
ぼんやりしていた明石に恐る恐る高校を出たばかりと言う曹長が声をかける。レーザード・フラッグ。チャフがばら撒かれた戦場では戦国時代の武士を真似るように背中からレーザーで作られた旗指物をなびかせるのが胡州軍では常識となっていた。左三つ巴に二引き両は艦隊司令赤松の家紋。『守護天使』と呼ばれた先の大戦でも活躍した誇り高き家紋である。
「そやな。ワシも初陣やからうちの家紋を使っても安東はんに笑われるだけや。それで行こ」
あっさりそう言うと明石もレーザード・フラッグの設定を行なう。その間にオートマチックで明石と二人の部下の機体はカタパルトに乗っていた。
「いよいよ……か」
感慨深げに明石がつぶやく。その吐息に部下達は大きく深呼吸をして答えた。