動乱群像録 56
泉州艦隊の指揮官達を迎えた佐賀の表情は優れなかった。旗艦軽戦艦『摂津』の会議室。憂鬱な沈黙が続く。
「文隆が間に合わないと言うことだが……」
佐賀高家の言葉に誰もが冷や汗をかいていた。嵯峨家三老の醍醐文隆と池幸重。二人の猛将がぶつかり合った結果、醍醐は勝利を手にしたもののすでに南極基地の艦船がどう考えてもアステロイドベルトでの第三艦隊の援護には間に合わないことは明白だった。
「数では確かに清原候に分があります」
「分がある?ならば俺が遅れて参加したことは……」
その時点で佐賀の価値は指揮官や参謀の間で落ちているのは間違いなかった。しかし、佐賀はそれには気づかなかった。遼南皇帝として四大公の責務を果たすことのできない嵯峨惟基を追い落とす。そんな野心を持つ男の器がこれほど小さいと言うことで部下達は諦めかけていること。そしてすでに誰もが佐賀高家が何を言い出してもおかしくない状況だと思いを固めていることを。
「遅れて参加した以上、清原准将が我々を厚遇するとは思えませんね」
「そうですね。恐らく池さんの待遇が上がることでしょう」
「嵯峨の家裁は池さんで決まりでしょうね」
諦めたようにつぶやく参謀達。佐賀はそれが自分への非難の言葉であることを忘れて彼等をにらみつけた。誰もが優柔不断な指揮官に愛想を付かそうとしている時、下手で手を上げる男がいた。
「よろしいでしょうか?」
小見大佐。嵯峨の部下として遼南戦線から付き従っていたので嵯峨の監察と言われていて待遇の良くない男だが、それゆえに珍しく意見を言いたがっている彼に佐賀は最後の望みを託した。
「言いたまえ」
佐賀の言葉には疲労と諦めがこもっていた。そんな佐賀に配慮するように静かに小見は立ち上がって周りの諦めきった参謀達を見回した。
「動かなければいいんですよ。この局面を打開するには」
その小見の言葉に一同はただ黙り込んだ。
「動かない?」
佐賀の不愉快そうな顔に対して小見は癖の有りそうな目つきで上官を見上げていた。
「そうです、動かなければいいんです。我々はそもそもどちらの味方なんですか?清原さん?いや、彼には切れ者の安東と言う切り札がある。我々のことはその他大勢としてしか見ていませんよ。一方赤松君は?あの人だって我々を信用しているわけではない。むしろ敵視しているんじゃないですか。軌道上のコロニーで清原さんの軍の補給を担当したのは事実ですから」
ここまで話が進んだ時点でどの指揮官達も目を伏せていた。先延ばしに結論を延ばしていった結果、どちらの軍からも蝙蝠扱いされる状況になる。予想のケースの中でも最悪の状況だった。
「じゃあ動かなければさらに我々の状況は悪化するんじゃないのかな」
腕組みしていた恰幅のいい大佐の言葉に小見は大きく頷く。
「悪化しますね」
「なに?それじゃあ意味が無いじゃないか」
いらだったような佐賀の言葉。それに大して立ち上がった小見はほくそえんだ。
「そもそも選んでどちらかに着くことができる状況は過ぎたんですよ。今からでも参戦可能な艦船は我々も多数持っているのは事実ですよ。でもそれをどちらかの陣営に参加させたところで戦いが終われば我々が負けた軍とつるんでいたと言う話は出てくる。そんな戦いに部下を危険に晒すのが指揮官のすることですか?」
小見の最後の言葉に指揮官達はようやく気づいた。
清原が勝てば佐賀の糾弾の先鋒に立つのは安東貞盛となる。彼は根っからのパイロット。無駄に部下の命を損なえば自分達の立場がなくなるのは明白だった。一方赤松は部下思いで知られる猛将である。無駄な戦いをするとなればどういう報復人事を食らうことになるか分からない。
「なるほど、部下の命のためか……軌道上に上がった清原君を支援したのも無用な混乱を避けて部下の命を守った……と?」
そこまで佐賀が悟るようにつぶやくと小見は大きく頷いた。
「そうです。人命を優先し、無益な戦いを避けるために軌道上の清原さんの部下達を助けた。そして現在は対立する二派の暴走を防ぐために我々はここにいる。それが一番適した言い訳ですよ」
小見の言葉を聞きながら佐賀は何度と無く大きく頷いた。