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動乱群像録 52

「やはりそうか」 

 参謀達が今にも下手の椅子に座っている池昌重中佐を斬り殺さんばかりの雰囲気のなかで静かに醍醐文隆准将はつぶやいた。

「意外に平然とお答えになるんですね。予想はしていましたか?」 

 怒りが殺意にまで達している一同を涼しい顔で眺める昌重。

 南極防衛部隊が基地施設の放棄を始めた時点である程度醍醐は同僚として付き合いの長い池幸重がそのまま市街地に立てこもって徹底抗戦をすることは読めていた。部下達が避難民の誘導を頼まれたのはその為の準備と思っていたが聞き流してそのままにしていた。

 そして今日、降伏の期限とされた日には池は使者として次男の昌重とトラック一杯の催眠剤で眠らされた兵士と負傷した兵士を満載したトレーラーを醍醐の駐屯している南極基地から30kmの地点まで送り届けた時点で今の部下達の血走った目が見られることは予想していた。

『醍醐はアフリカでは英雄と扱われたそうだが胡州ではどうなのか俺の部隊で試させてくれ』 

 そう言う言葉を池が吐いたとしても醍醐は不思議には思わなかった。

 先の大戦では西園寺恩顧の陸軍幹部として激戦地をたらいまわしにされた醍醐とは違って、池は胡州軌道上の警備などのぬるい任務ばかりを任されていた。開戦を当然と口にしていた烏丸卿に目をかけられて安全な任務についていた池が何度も最前線への出動を志願したという話は醍醐も何度も聞かされていた。

 そしてその遺伝子を継いだ息子の殺気立つ上級士官達を歯牙にもかけないような風貌に醍醐は大いに興味を引かれた。

「昌重君。あれかな?池は君にこの場で死んで来いと言ったのかね?」 

 もう笑みしか醍醐の表情には浮かぶものは無かった。

「いいえ、醍醐の奴はどこまでも勝負師だから貴様が基地に戻って指揮を始めるまで攻撃はしてこないだろう……と言われましたが」 

 そう答えた昌重の涼しい表情。醍醐の隣の隻眼の士官も奥歯を噛み締めて怒りをどうにか静めようと必死だった。

「それは面白い話だな」 

 醍醐は周りを見回す。昌重が言葉を口にするたびに参謀達の怒りは増していくのが良く分かる。だが醍醐は一人面白そうに身を乗り出してまじまじと昌重の姿を見つめた。

「だが俺は指揮官でもある……この意味は分かるだろ?」 

 醍醐はそう言って怒りに震える参謀達を眺める。彼等は笑みを浮かべる醍醐を見て大きく頷いた。さすがの昌重も極地の寒さで震えるどころか額に浮かぶ汗をぬぐった。

「それも……当然ですね」 

 さすがにその声は震えている。それを聞いて醍醐は満足げに立ち上がった。

「諸君!池の息子の処遇は君達に任せたいと思うのだが……」 

 そう言って背を向けた醍醐を伸びをするようにして昌重が見つめた。一斉に歓喜の表情で参謀達は哀れな昌重を見つめた。

「司令!それは残念ながら……」 

 処断の声が上がる前に叫ぶ声があった。その声の主を探そうと振り向いた醍醐の視界に参謀の一人、馬加資胤まくわりすけたね中佐の凡庸な顔が浮かんでいた。

「なんだよ。君等の結論は顔を見れば分かるよ」 

「そうですが、この戦いの意味を考えれば一時の感情に流されるのは得策ではありません」 

 慎重に言葉を選びながら馬加はそのまま言葉を続けようとする。周りの指揮官はその馬加に苛立ちの視線を向けていた。

「これは胡州の内部での私闘だ。戦争法規なんて無視してもいいんじゃないか?」 

「いえ、だからこそ守るべきものが戦争法規なんです」 

 醍醐の言葉をさえぎり馬加が叫ぶ。その声に再び参謀達は馬加にいきり立つような顔を向けた。

「彼はあくまで池准将の意思を伝えに来た。その時点で彼は保護されなければならない。もし彼に危害が加えられれば少数とはいえ池さんの部隊は復讐に燃えて襲い掛かってくる。それにたとえ第三艦隊が我々の支援が無くても勝利できたとしても陸軍は感情で動く馬鹿ばかりというレッテルを貼られることになる……あんまり歓迎すべきことではないんじゃないでしょうか」 

 そんな馬加の言葉にしばらく醍醐は沈黙しながら熟考を始めた。

「そうだ。池中佐」 

 つぶやくように静かに漏れた醍醐の言葉に昌重は伸びをした。

「あのトレーラーの面々は俺に引き取ってもらうためにつれてきたんだな?」 

 醍醐の言葉に静かに昌重は頷いた。

「死ぬのは池の一族郎党だけで十分ですから。それにその連中にも後に続いて国を支えて欲しい人物も多い。ですから彼らを無理に眠らせて連れてきました」 

「そうか……」 

 再び考え込むようにして昌重に背を向ける醍醐。

「司令……ご決断を」 

 隻眼の参謀が急かす。その言葉に馬加は静かに醍醐を見上げた。

「さすがに君を父親の元に返すわけには行かないな……」 

 醍醐はそのままでつぶやく。参謀達は歓喜の目で昌重をにらみつけた。

「では、せめて最期は切腹することをお許しいただきたい」 

 昌重は覚悟を決めたようにつぶやく。テントの上空を飛ぶ反重力パルスエンジンの独特の爆音が響き渡る。その不可思議な雰囲気に思わず醍醐は振り向きざまにニヤリと笑った。

「それもできないな。今は25世紀だぞ」 

 そう行って醍醐はそのまま隣に置かれていた軍刀を手に昌重に歩み寄った。参謀の誰もがそれが抜き放たれて昌重に突き立てられるだろうと目をそむけた。

 醍醐は昌重の隣で剣を抜くとその刃紋をゆっくりと眺めた。上品に輝いてはいるが、新刀であり一人として人を切ったことの無い澄み切った刀身がテントを照らすライトにゆれる。

「覚悟はいいかね」 

 そんな醍醐の言葉に大きく頷く昌重。醍醐は大きく軍刀を振り上げて昌重の首を撃ち落そうと構えた。

 静寂があたりを包む。振り上げられた刀が下ろされる時間を待つ。

「どうぞ」 

 沈黙に耐えられずに昌重は首を伸ばした。そしてまた沈黙が支配する。

「いい覚悟だな」 

 醍醐はそう言うと剣をおろした。周りの参謀達がざわめく。命を捨てるものだと目をつぶっていた昌重は驚いたように隣に立つ醍醐を見上げた。

「その度胸。買うのも良いものだな」 

 そう言うと醍醐は剣を鞘に収めて再び上座に戻ってしまった。その急な行動に昌重も参謀達もあっけに取られた。

「なぜ……こいつを帰すんですか!」 

 参謀の一人、はげた頭の佐官がそう叫ぶ。だが椅子に腰掛けた醍醐はまるで返答をするつもりは無いと言うように首をひねる。

「これでいいんですね。それでは……」 

 馬加がそう言って立ち上がろうとするのを醍醐が制するように右手を上げる。

「こいつを池の野郎に返すとは一言も言ってないぞ」 

「ですが……」 

「返すつもりはない」

 思惑が読めないというように馬加は不満そうな顔で席に座った。

「昌重。お前はここで戦いのすべてを見ろ」 

 醍醐の突然の言葉に参謀達ばかりでなく当の昌重も驚きの表情で醍醐を見た。そこには真剣そのものの醍醐がいた。一部の笑みもその顔には無かった。

「この戦いがいかに無駄か。この戦いがどれほど役に立たないものか良く知る義務が貴様にはある。あくまで最後まで。どちらが勝つにしろここの施設のすべての情報を手に入れてもかまわない。すべてを知って戦いの終わりまで生き抜け。それが貴様の義務だ」 

 そう吐き捨てるように言い切ると醍醐は立ち上がって奥の天幕へと消えていった。参謀達もあっけに取られながら醍醐の決定には逆らうこともできずに渋々昌重をにらみつけながら天幕を出て行った。

「俺は……」 

 呆然とする昌重。そんな彼の肩を馬加は優しく叩いて立ち上がるように促す。

「そういうわけだ、こちらに来てもらうぞ」 

 ただ一人笑みを浮かべる馬加につれられて昌重も会議場を後にした。


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