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動乱群像録 50

「それでは隊長、ありがとうございました!」 

 明石の巨体を見上げて敬礼した部下達はそのままシミュレータ訓練場を後にした。のんびりとパイロットスーツのまま椅子に腰掛ける明石だが、そんなリラックスした彼の顔の横にスポーツドリンク入りのカップが差し出された。

「なんだ、別所やん」 

 そう言うと明石は差し出されたカップを受け取り唇を浸す。

「なんだは無いだろ。正親町三条の奴は解放されてそのまま帝都に向かっているそうだ」 

 作業着姿の別所は明石の隣に腰掛けゆっくりと自分のためのコーヒーを啜る。

「それにしても……アステロイドベルトに到達できたのは幸いだな。この量のデブリなら清原さんの所の海軍艦艇のロングレンジの攻撃はほとんど意味が無い」

「そないなことワイもわかっとる」 

 安心したような笑みの二人。明石の部下達も消え、部屋は電力消費量の調整のため二段階ほど暗くなった。

「その顔。なんかまた企んどるな……」 

 別所の顔を見るとついそんなことを言ってしまう。明石が身を持ち崩して闇屋で発砲事件などを起こしている間に別所は医師免許を取るだけでなく軍隊と言う組織で生きる多くの知恵を身につけている事実は明石も認めていた。そんな世に『播州侯の懐刀』と呼ばれる別所がただの茶飲み話に疲れている明石を誘うわけが無いことは良く理解できた。

「どうやら佐賀さんが寝返るらしい」 

 突然の別所の言葉に明石は口にしていたスポーツ飲料を吹いた。そしてそのまままじめな表情の別所に顔を向ける。

「おい、おい、おい!そないなことワシにしゃべってもええのんか?」 

「お前の部隊はたぶん前衛に展開することになるだろうからな。下手に佐賀さんの部隊を叩いて味方を減らすようなまねをされたら困るだろ?」 

 そこで別所は初めて笑みを浮かべた。そしてそのまま静かにコーヒーを啜る。ブラックのコーヒーの苦味に別所は一度顔をしかめるとそのままシミュレータの機械の並ぶ部屋の周りを見回した。

「知っとるのは赤松の親父とワレくらいやろな。でも何で佐賀の旦那が……弟の醍醐はんとは犬猿の仲やし、主君のあの気まぐれな皇帝陛下とはこちらも不仲で知られとる。それに大嫌いな姪の楓もワシの部下なんやで、寝返る理由がなんかあるんやろか……」 

 明石はそういいながら剃り上げられた頭を叩きながら隣に座っている別所を見下ろした。

「ふー。何から説明したほうがいいかな」 

 懐疑的な顔の明石を説得する切り札を探そうと別所は明石の頭からつま先まで満遍なく眺める。

「説明もなにも……確かに佐賀さんの動きが鈍いのはわかっとるけどなあ」 

「それで十分じゃないかな」 

 明石の言葉に糸口を見つけたと言うように口を開いた別所。その言葉にしばらく明石はぽかんとしていた。

「十分?」 

「そうだ。佐賀さんの狙いは今は遼南皇帝をしている殿上嵯峨家の家督だ。別に清原さんのように貴族主義がどうのと言うような思想で動いているわけじゃない。今回の戦いでどちらが勝とうがどんな政権ができようが狙いが果たされなきゃ意味が無いんだ。たとえ俺達が勝って西園寺公が政権に復帰しても殿上嵯峨家が継げれば万事解決。もしかしたら全軍率いて俺達とぶつかって勢力をそがれるくらいならそちらの方が楽だともいえるな」 

「楽って……貴族の権限は制限されるやろが」 

「それは烏丸派が勝っても同じだよ。醍醐さんが西園寺派にいた限りその兄としての監督責任を烏丸公が問わないわけが無い。烏丸さんはそういう血縁的なものを絶対視するところがあるからな。清原さんが口ぞえしてもたぶん限度があるだろう」 

 別所の言葉に頷きながらそれでも明石には腑に落ちないところがあった。

「ならなんで清原はんを最初に受け入れたんやろなあ?あそこでけりがついとったらワシ等も楽できたやないか」 

「そりゃあその時点では西園寺派からの接触がまだだったと言うことだろうな。貴族の尊厳を守ると宣言している清原さん達の方がくみしやすかった。そういうわけじゃないのかな」 

 別所の言葉にもまだ明石は得心できないと言うように首をかしげる。

「恐らく佐賀さんが迷い始めたのはそれから後のことだ。事実、現在この位置から最大船速で三日の距離にたどり着いてから二日間。佐賀さんの艦隊は動いていない。その間に誰かがあの御仁の耳元でこちらについたほうが得だとささやきかけた。そして佐賀さんもそう読んで動かなくなった。それが事実じゃないかな」 

 推し量って物事を述べる時に別所はあごの辺りに手を寄せる癖がある。その癖を大学野球の時に見抜いていたことを思い出しながら明石はようやく納得したように立ち上がった。

「それなら何とか勝負になるやろな。シャワーでも使わせてもらうわ」 

 そう言って明石はそのまま椅子に座っている別所を置いてシミュレータの並ぶ訓練施設を出て行った。

 廊下を歩く。明石の巨体は目立つので旗艦『播磨』で彼のことを知らない人物はいない。通りすがる艦船クルーの敬礼を受け流しながら少し離れたシャワー室に向かった。

「隊長!お先失礼します!」 

 すでにシャワーを終えた部下達の最後の一人が声をかけてきた。

「ああ……すまんが着替え持ってきてくれへんかな?執務室のテーブルの上にあるさかい」 

「了解しました!」 

 明るい声で新人パイロットの中でも有望な小柄な曹長が走り去っていく。明石はそれを見送ると湯気に煙るシャワー室に入った。シャワー室は半分が改装中で使用ができなかった。先の大戦で明石くらいの年齢の男性は人口に占める割合が極端に低下していた。事実男子のみの入学資格だった高等予科学校はすでに共学化されている。ブリッジクルーには三人の女性士官がいた。そして中隊長付きの従卒として正親町三条楓曹長が明石に着いていたことからもシャワー室の半分を女性用にしようという軍の方針も理解できることだった。

「貴族……か……」 

 パイロットスーツを脱いでシャワーの湯が頭から流れ下るのを感じながら目を閉じて明石は考える。

 寺社貴族の次男坊として生まれた自分。そしてそのまま貴族の誇りなどを教え込まれてその体制を守るために身をなげうつつもりで飛び込んだ特攻隊。だが出撃を待たずに終戦を迎え、居場所を求めて闇屋になった。多くの付き合いある平民上がりの闇屋は現金しか信用しなかった。その時には定期的に貴族年金が下りる明石はその現金を使ってきわめて有利な条件で物資を仕入れ、法外な値段で食うや食わずの人々から金をむしりとることに平然としていられた。自然とそのうまい取引作法と特攻崩れの度胸のよさを買われて闇屋の元締めの片腕になったのも半分はその貴族の特権があったからだった。

 目に染みるボディーソープで剃り揚げられた頭を洗いながらそんな時代を思い出してつい噴出してしまった明石。

 所詮どこまで言っても貴族制が崩壊しない限り自分の値打ちにはその貴族だからと言うやっかみが付きまとうことになる。兄嫁や実家の寺の面々に古い制度に従って頭を下げて生きるのが嫌で実家を飛び出したはずが結局頼っている根源が貴族と言う肩書きだったことに気づいて明石はどうにも情けない気分になった。

「ワシがワシであるために戦わなあかんのやな」 

 自分自身に言い聞かせるようにして明石は頭から熱い湯を景気良くかぶっていた。


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