動乱群像録 49
「なんで佐賀君は泉州の自衛軍に声をかけない!」
清原は各艦の司令を集めた会議で開口一番にそう叫んだ。急ごしらえの合同軍とあってその言葉に向ける指揮官達の反応はさまざまだった。
同調して頷くのは半数にも満たない。まるで当たり前だと言うように冷笑を浮かべるもの、困ったような表情で周りを見回すもの、そして大きくため息をつくもの。否定的な反応に清原は深呼吸して周りを見渡した。佐賀の貴下の胡州軌道コロニー軍の司令達は多忙と言うことで出席すらしていない。その空いた席の隣には清原が信頼を置く羽州艦隊の指揮官である秋田義貞の姿があった。
「拙いですね。このままでは信州近海アステロイドベルトが戦場になります。一応宇宙に対応できる装備はありますが、あちらは艦隊戦のプロとして知られる赤松さん。苦戦は必至になりますよ」
「それは……分かっているんだ。だけどなんでその入り口のコロニー自衛軍に影響力のある佐賀君がここにいないんだ!」
その清原の焦りを帯びた言葉に再び司令達から失笑が聞こえた。
多くの司令達は清原の大義、烏丸公を報じる為にこの場にいるわけではなかった。多くは貴族制の維持が部下達の生活にかかわると言うことでとりあえず参加した者が多い。他にも毒舌で知られる西園寺基義に一泡吹かせる為や海軍に恨みがある陸軍指揮官などが集まっていた。結局彼等にとっては清原は当面担ぎ上げるだけの存在。自分達のリーダーとして認める存在ではなかった。
『これは勝っても意味が無いな』
秋田は周りを見回しながらそう思っていた。事実一番の精鋭部隊である自分達が下座に置かれ、出席の見込みの無い佐賀の席が上座の方に置かれていることに苛立ちを感じていた。所詮はどこまで行っても貴族制とそれに連なる利益を守りたいだけの保守勢力に過ぎないことが目に見えて分かって秋田はうんざりした顔で周りを見回した。
「清原君。一度佐賀君には申し入れをしておくべきじゃないかね?」
ざわめく中で堂々と立ち上がり口を開いたのは烏丸清盛陸軍大将だった。烏丸家の分家の出であり、子の無い烏丸頼盛に次女の響子を養子に出すという話はこの場にいる誰もが知っている話だった。他の将軍達もその声に頷く。
「それはどうですかね。下手に手を出せばあの御仁のことです。弟からの催促に乗っかって我々を攻撃してくるかもしれませんよ?」
誘いのつもりで秋田の吐いた言葉に指揮官達はざわめいた。だが烏丸は表情を変えない。そのままテーブルの上のコップの水を飲み干すと静かに話しはじめた。
「君達にも聞いてもらいたい!我々は強い!」
烏丸の言葉にそれまでささやきあっていた司令達の視線は彼に集中した。
「確かに第三艦隊司令の赤松君は実績を上げたことになっている。だがそれは数隻の護衛艦隊の指揮官としての話だ。大艦隊を指揮しての戦いでは……難しい惑星降下作戦を指揮してきた我々に分があるのを忘れてもらっては困る」
そこまで言うと目を合わせていた指揮官達の顔に余裕の笑みが浮かんできた。
「アステロイドベルトに寄って目くらましに走ると言うのもその自信の無さの表れだ。もし彼が絶対に負けないと言う信念を持っているなら正面からかかってくるはずだ」
そこまで来て数人の指揮官がまばらな拍手をした。それに酔うように烏丸の言葉は続く。
「そして何より我々の保有するアサルト・モジュールの数が違う。二式を中心に390機。そして支援攻撃機も赤松君の部隊の二倍は超える」
数字を出されるとさすがに自信がなさそうな表情を浮かべていた指揮官達もお互いに励ましあうように歓喜の呟きをもらし始めた。
「つまり我々は勝てる戦いにでるんだ。たとえ佐賀君の部隊が動かなくても十分勝算はある。がたがた騒いだところで赤松君には勝ち目が無いんだ」
そう言ってから一口水を口に含むと烏丸は椅子に腰掛けた。まばらだった拍手が大きくなっていく。その有様に上座の清原まで熱心に拍手を始めた。そして感動の涙を流しながら立ち上がると全員の視線を浴びながら満足げに頷く。
「諸君!我々は勝利に向けて進んでいる」
そこで再び拍手が巻き起こった。だが一人秋田だけは拍手をすることは無く冷徹な目で熱狂する同僚達を眺めていた。そのまま静かにコップに口をつけ、それぞれの指揮官達の表情の変化を観察し続けていた。
『佐賀さんが来ないとなればうなだれて、烏丸さんがその存在を無視して数を上げれば喜んで尻尾を振るか……』
秋田の表情を歓喜の渦に飲み込まれた同僚達は見向きもしなかった。
「これは決まったな」
ふとつぶやいて周りを見回したが清原が始めた演説に夢中の同僚達は秋田の言葉に耳を貸してはいないようだった。