動乱群像録 45
艦隊司令室の赤松の顔は冴えなかった。地下佐賀の艦隊が清原派の揚陸艇の背後で緩慢な動きを見せているのは歓迎すべきことだったが、肝心の胡州陸軍の主力を指揮している醍醐の部隊が南極基地で動けずにいる状況が彼をいらだたせていた。
「別所。やはり醍醐さんは間に合いそうにないな」
独特のアクセントでつぶやく上官に別所はただ苦笑いを浮かべるだけだった。
幸い背後を脅かそうとする動きを見せていた越州艦隊は魚住等のアサルト・モジュール部隊に一蹴されるとそのままコロニーに戻り沈黙していた。背後に敵はいない。その状態は清原達の進軍を鈍らせる要因になっていた。
「醍醐候の部隊はあてにしないほうがよろしいかと」
ソファーに腰掛けて端末をいじっている別所晋一中佐を忌々しげに見つめる赤松。自分でもそれが不条理だと思いながら芳しくない戦前の状況に苦虫を噛み潰した表情しか浮かべることはできなかった。
「ですが、いい話もありますよ」
そう言うと別所は端末のモニターを執務机に張り付いている赤松から見えるように展開させる。そこには佐賀の先日の会議の模様が映っていた。誰もが暗澹とした面持ちで周りをきょろきょろと見回す。上座の佐賀高家も表情は冴えない。
「あちらは一枚岩ちゃう言うわけやな。ちんたら動いとるのはそれこそ決断を下す為の時間稼ぎ。勝ち馬に乗ろうて言うのはええ度胸や。佐賀はん……新の字が許す思うとるんやろうか?」
ようやく赤松の顔に笑みが戻った。だが、人の不幸を喜んでいられるほど赤松は楽観主義者ではなかった。すぐにその表情は元に戻り静かに自分を見つめている別所に目を向ける。
「それはそうと清原さんの方の戦力分析。佐賀の旦那を抜いたのはできたんか?」
「ええ、敵の主力は陸軍の輸送艦艇を使用しています。こちらの艦隊の戦艦と比べたら火力でははるかに劣ります」
「火力は劣るか……アサルト・モジュールの数は倍か?それとも……」
再び視線を落とす赤松。腹心中の腹心の別所だけに見せる落ち込んだ表情。別所は大きくため息をつくと再び端末をいじり始めた。
「三倍ですね。まあこちらは実戦経験のある連中が多いですが、あちらは訓練生上がりがほとんど。互角には戦える戦力だとは思いますよ」
「そないなことはわかっとんねん。そやけど……」
「指揮官に弱気は禁物ですよ。まあ先日の手紙の効果がどう出るか……楓の腕の見せ所というところですか」
そう言って別所はニヤリと笑った。