動乱群像録 43
一人の将軍がじっと射出台に乗せられた三百メートルはあろうかと言う重巡洋艦を見上げながら弁当を突付いていた。胡州南極点にある南極基地。窓の外は零下70度と言うとてつもない酷寒の地。男はただ弁当のエビフライを口に入れるともぐもぐと噛みながらぼんやりと外を眺めているだけ。
「ここでしたか、池少将」
一人の連絡将校が窓辺の出っ張りに腰掛けている小柄な将軍、池幸重に声をかけた。
「あれか?醍醐がそれなりの準備をしてきたと言うことか?」
現在池の加担する烏丸派の陸軍部隊は帝都とこの南極基地以外の拠点を次々と醍醐文隆等の西園寺派の部隊に駆逐されつつあった。もしこの軍勢がこの基地を落とせば烏丸派の勝機は万に一つも無くなる。そのことは池自身も理解していた。
「現在主力の第四軍が東方で待機。さらに同調する部隊は……」
「やめとけよ、そんな皮算用なんて」
そう言って池は弁当のふたを閉じて用事を取り出して再び窓の外の戦闘艦の林立する光景に目をやる。
「あちらだってこの基地が傷だらけだったら意味が無いんだ。この基地の守備兵だけでも十分戦争にはなるよ」
簡単に言ってのける池に連絡将校は理解できないとでも言うような顔をした。
「おいおい、将校がそんな気弱そうな顔をするもんじゃないぞ。士気に関わるからな」
にやり。そう笑った池はそのまま出窓の縁から立ち上がる。そして士官の手にしていたメモ帳を奪い取った。しばらく黙って資料を眺める池。その表情は次第に明るくなり今にも笑い出しそうなものに変わると子供のように目を輝かせながら士官を見上げた。
「おう、十分な部隊だな。この基地を焼け野原にするのが目的なら戦うだけ無駄だと思わせる戦力だ」
それだけ言うと池はメモを連絡将校に渡した。
「ですが……もし彼等をここで足止めできたとしても……」
そう言いかけた将校に眉をひそめる禿頭の池。
「なんだ?気弱はいかんと言ったばかりだぞ?それにあの臆病者の佐賀の野郎まで清原さんと心中する覚悟ができたって話じゃないか。俺達がいまさらどうこうできる話じゃないんだよ」
池はそのまま廊下を進んでいく。連絡将校はその池の度量の大きさに勝敗に関わらず彼を支えようと言う心をさらに強くするのだった。
「戦争はな。やってみないとわからないんだ。ともかく醍醐の奴とはいつか決着をつけたかったんだ。まあこれも天命さ。色々楽しめそうだ」
そう言いつつ自分の頭をパンパンと叩く池。
「確かにそうですが……」
「いいんだよ。最後まで付き合う義理は無い。まあ部下の連中にもその点だけは周知させておいてくれないかね」
まるで戦争狂だ。そう思いながらも頼もしく見える池に士官は敬礼をして持ち場へと向かっていった。