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動乱群像録 41

「秋田。すべてはお前に任せるからそのつもりで」 

 安東貞盛はそう言うとヘルメットを被る。彼の率いるのは胡州陸軍第一強襲揚陸艦隊。主力は搭載されたアサルト・モジュール三式。どれも近年の慢性的な国家予算の不足から稼動する機体は多くは無かった。そんな彼が見つめた先のモニターの中には気の弱そうな初老の男の影が映っていた。

 それは艦隊参謀の秋田義貞大佐。安東家の一族衆でも長老格になる男だった。

 先の大戦で安東家の抑えるコロニー群羽州は大きな被害を出した。三度の直接攻撃と潜入部隊による破壊工作によりその人口の半分を失い終戦後の胡州での発言力は著しく衰えた。そしてそのことを憂える若い将校達が安東のところに集まったもの自然な出来事だった。国家予算規模に見合わない巨大な軍組織の縮小は彼等若手の将校達の身分を次々に奪い去った。羽州の修復中のコロニーには失業した軍人達が何をするわけでもなくたむろしている様をいつでも見ることができた。その光景は安東にとって屈辱以外の何物でもなかった。

 烏丸頼盛には確かに自分の羽州相続に辺り尽力してくれた大恩があり、清原には軍へ復帰できた恩義もあった。それだけが安東をこうして親友赤松忠満討伐に向かわせたわけではなかった。この揚陸艦に乗る若いパイロットや技師達の生活。それを守ること。それが一番に安東に課せられた義務だと安東は思っていた。

「ですが貞盛君。本当にいいのか?」 

 一族衆の長老の顔に戻った秋田の一声が響く。その弱気な言葉に安東は激怒しそうになるのを無理に抑えるために深呼吸をした。秋田は過激な貴族至上主義を唱える清原に接近する安東を快く思っていないことは知っていた。いつかは胡州の貴族支配は瓦解する。それは誰もが予想していることだった。強大な軍事力で遼州星系に覇を唱えていた先の大戦の前の時代を境に胡州の経済状況は急激に悪化したまま戻ることは無かった。アステロイドベルトの資源は次第に枯渇し始め、胡州本星の開発も資本の投下をためらう東和に国家体制の矛盾を指摘されて行き詰まっていた。そんな状況でのゲルパルトなどと同盟を結んでの対地球戦争はそこにわずかに残っていた体制を支えるエネルギーすら胡州から奪い去ることになった。

 安東も目端の利く秋田なら醍醐の地上部隊に協力するだろうと思い込んでいた。そんな秋田から揚陸艦隊の提供を申し出られたときは少しばかり面食らうことになったほどだった。

『結局彼も羽州軍人だったと言うことか』 

 そう思うと静かに秋田の映っていたモニターを消してヘルメットを被って背後に立つ巨大な赤い三式に向き直った。

 向き直る安東を直立不動の姿勢で迎える教導部隊の生徒達。多くは平民の出で彼らからすれば自分達の行動が平民の権利を制限する戦いになると知っても彼等は安東についてきてくれていた。

「貴様等。本当にいいんだな」 

 あと数日で第三艦隊との決戦に挑む前の最後の模擬訓練。どの顔も緊張と焦りの中静かに安東を見つめてくる。安東の隣でニコニコと彼を見守っていた教導部隊の副隊長の小男がそのままの表情で部下達を眺める。

「大佐。うちにそんなことで大佐を裏切る奴はいませんよ」 

 『そんなこと』。それは秋田との会話のことを指すのだろうと思って安東は苦笑いを浮かべた。ここまで来てまだ上官が迷っている。本来ならそんなことは見せてはいけないと思うことをやってしまった自分に少しばかり恥じ入りながら苦笑いを浮かべる。

「自分達は……ただ安東教官についていくだけです!」 

 五分刈りの頭を振りながら戦闘に立つ曹長がそんな安東の苦笑いに答えるように叫んだ。部下達は誰もが大きく頷き安東の次の言葉を待っていた。

「これから模擬訓練に入る」 

 そう叫んだところでそれまで含み笑いなどを浮かべていた生徒達の表情が引き締まった。それに満足するように頷くと安東は言葉を続けた。

「訓練だと言ってもこれが実戦までの最後の訓練だ。被弾したら死んだと思え、命中させたら殺したと思え。それぞれに死力を尽くし勝利を目指す。これは訓練も実戦も変わらん」 

 ここまで言ったところでシミュレータのセットアップをしていた技官達が現れる。訓示の最中と知ると厳しい表情でこれから各機体のシミュレーション機能を使用しての最後の訓練を行なう生徒達を眺めていた。

「諸君等は今回の戦いでは私の部下として百足むかでのエンブレムを背負うことになる。別にそれは誇りでも権威でもない。ただ俺のエンブレムを背負えば敵もひるむ。面白いことだが俺は赤松の手下連中にはかなり恐れられているんだそうだ。諸君が俺の顔をつぶさない限り相手はいつでもひるんでいると思え」 

 その言葉に生徒達は大きく頷いた。

「それでは各機搭乗準備に向かえ!」 

 この安東の一言で生徒達はハンガーに散った。安東もまた自分の赤黒い機体に向けてゆっくりと歩き出した。


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