動乱群像録 40
「そないに緊張することあらへんで」
しきりと軍服のカラーを気にする正親町三条楓を見ながら不器用に敬礼しながら第三艦隊旗艦『播磨』の艦隊司令室に明石は入った。『至誠』の文字の掛け軸がかかった司令の執務机には赤松忠満が一人、筆でなにやら書付を残しているところだった。
「おう、タコとお嬢か」
そう言うと真剣な面差しを崩して立ち上がり応接用のソファーに二人を導く赤松。女性としては長身の180cm近い楓と同じくらいの身長の赤松だが比べてみるとどうしても背の低い人物に見えて2mを超える大男の明石はどうにも苦笑してしまう。
「あーなんかええもん無かったかな……」
「さすがに酒はあかんのと違いますか?」
「誰が酒出すなんて言うかいな。甘いもんのはなしや」
上官が二人とも関西弁を使うのを見ながら硬い表情で楓は明石の隣に腰を下ろした。
「特命……ですよね」
楓の言葉に赤松の表情がほぐれる。そして赤松はそのまま忙しく明石達の正面のソファーから飛び上がるようにして執務机の上の和紙の書簡を手にとって応接用の机に置いた。
「手紙ですか……それを届ける為に戦線を離脱しろと?」
明石は静かにそう言って書簡に視線を向ける。楓は少しこの先の赤松の言動が予想できたと言うように不機嫌そうに頬を膨らませた。
「済まんなあ。ワシは知ってのとおりの恐妻家やからな……」
そう言って頭を掻く。公私混同。本来そんなことをしない人間と思っていた明石だが、その赤松の食えない表情に苦笑いを浮かべるばかりだった。
「手紙を届ければいいんですね」
硬い表情のまま楓は静かに書簡に手を伸ばそうとした。
「ですが……敵艦隊を迂回するとなるといつ着くか分かりませんよ」
楓の言葉はもっともな話であるが明石は少しばかり赤松の表情から仕掛けがあることを見抜いた。
「正親町三条曹長。君の専用機は清原派の艦隊には連絡してあるから。攻撃は無いと思うた方がええな」
そんな赤松の言葉に楓の顔が青く染まった。
「僕が……いえ、自分が女だからですか?」
赤松も明石も大きくため息をつく。しばらくの沈黙。ようやく息を整えた赤松が口を開いた。
「それもあるのは事実や。そして次には嵯峨の家督を継ぐからと言い出すつもりやろ?それもあっとる。そやけどそれ以上にこの手紙には意味があんねん。私信をワシが出すわけにも……これはできれば烏丸はんの手の元で開封された後に貴子はんの手に届くのが理想やねん」
「はあ」
捕まって手紙を取り上げられて読まれることが本文の手紙。そう知らされて意味も分からず楓はうつむいた。
「正親町三条の。親父はああ言っとるが実際撃ち合いにならん言う保障はどこにも無い。それ考えたらできるだけ腕の立つパイロットが適任とワシも考えたんや。すまんがこの任務受けてくれ」
隣の上官の明石まで頭を下げてくる。仕方がないというようにおずおずと楓は手紙を手に取った。
「そのまま渡していいんですよね……僕は中身を知らないままで」
「読みたいんか?」
赤松の言葉に激しく首を振る楓。そんな少女の照れる様を見て赤松も明石も思わず笑顔になる。
「それでは失礼します!」
楓はすばやく立ち上がるとそのまま司令室を飛び出していった。
「ああでもせな……あいつは真面目やからな。無理して死んだら後味悪いやん」
大きく息をした後の赤松の言葉。明石も納得したように頷くしかなかった。
「戦場はこの一戦に限ったことやないからな。どっちが勝っても遺恨が残る。同盟や地球の介入も想定内や。難しい時代にはそれなりに人がいる。あいつはその素質があるとワシは思うとります」
「そやな」
明石の言葉に大きく頷いた後、赤松はそのままたちあがって執務机に腰を下ろした。