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動乱群像録 38

「親父……いつまでここで篭っているんだ?」 

 いらだたしげに叫ぶ陸軍士官学校の制服を着た娘に頭を掻きながら西園寺基義は困っていた。妻の康子の活躍でどうにか私邸から抜け出し、現在は帝都で数少ない西園寺派の拠点である近衛師団の基地に脱出したものの包囲された状況でただ基地の地下壕に篭ったまま三日を迎えようとしていた。

「そんなに戦争がしたいの?要ちゃん」 

 母、康子のやたらと穏やかな笑みに引いて構える要。要は三歳で全身の九割を失ってそのまま遺伝子解析で成長後の彼女を模した義体を使用している。実際予科学校に進んでからは軍事用とまでは行かないとは言え民間の軍事会社などが使用している強力で頑強な義体を使用している。生身の普通の人間なら喧嘩を売るのは自殺行為と言えるが、相手は西園寺邸を包囲していた歩兵一個中隊の警備部隊を薙刀一つで蹴散らした母である。しかも要も相当に康子には鍛えられたので彼女には頭が上がらないところがあった。

「母さんの言うとおりだぞ。清原君も馬鹿じゃない。第三艦隊を叩かずに俺を処刑するためにここを急襲すれば軍事政権として烏丸さんを立てても国際世論は納得しない。ただでさえ先の大戦の負けのおかげで対外資産の凍結や各種の輸出禁止目録の数を減らせないでいるこの国だ。一挙にベルルカンのような失敗国家が出来上がるくらいのことは考えているさ」 

 そう言うと平然と妻の入れた煎茶をおいしそうに飲んだ。

「だからって……赤松さん頼みでいいのかよ」 

 食い下がる娘。それを余裕の笑みで西園寺は見つめる。

「もちろんそれじゃあ困るな。だけど今の戦力でぶつかれば赤松君には悪いが勝ち目は無い。特に時間をかけての戦闘となれば濃州攻略を諦めて反転してきた越州の城君の部隊と挟み撃ちだ。見事に全滅となるだろうね」 

 そこまで言うと再び湯飲みに手を伸ばす。そんな父親に心底あきれ果てたと言うように立ち上がる要。

「親父。死ぬときは西園寺家の当主らしくしろよ」 

「え?俺が何で死ぬの?」 

「第三艦隊が壊滅したらここも危ないんだよ!それとも惟基さんを頼って遼南に亡命する準備でもしているのか?」 

 怒りに任せて顔を寄せてくる娘に少しばかりからかいすぎたと反省するような笑みを浮かべる西園寺。

「まあ聞け。『今のままでは』と言ったのを聞いてなかったのか?実際外の状況が今のままじゃなければいいんだよ」 

 父親の妙な言い回しに引っ張られるようにして要は静かに畳の上に座り込んだ。

「それじゃあ何か起こるみてえな話し振りじゃねえか」

「要ちゃん!そんな『ねえか』なんていけません!」 

「ああ、すいません……母さん」 

「『母さん』……?」 

「いえ!お母様!」 

 父親に突っ込みを入れるはずが母康子にいつものように叱られた要だが、さすがの父も要がそんなことにはごまかされるわけはないというように大きくため息をついた。

「あのな、要。お前も何度か地下佐賀の大将にはあったろ?どう見る」 

「どう見ると言われても……」 

 曖昧な要の返事に父親の顔は厳しくなる。ようやく頭のデータから髭面の小男の姿を思い出してみた。「小さかったような……」 

「そんな外見の話じゃ点はあげられないな」

 普段は家族の前ではいい加減でだらしの無い父だが、政敵を目の前にして論破する際の気合を何度か見たことのある要の表情は硬くなる。

「俺は正直お前にはこれまでの西園寺家は譲るつもりは無いんだ。爺さんも俺も反骨で鳴らした一門だ。お前は度胸は据わっているがそれだけじゃ世間を渡っていくのは無理だ。軍人になるのを最後は許したのもお前の人を見る目が甘いからだ。その目つきや言動で一度会った人間の特徴をすぐに捉えることができるかどうか。四大公家なんぞに生まれるとそれくらいの芸当は求められるんだぞ。良く覚えて置け」 

 珍しい父親の説教に要は頭を掻きながらどう答えるか迷っていた。

「分かったの?要ちゃん」 

 猫なで声の康子。ここで逆らえばどうなるか分からないと言うことで要は仕方なく頷く。

「じゃあ、佐賀高家。どういう人物だと見る」 

 再びの父親の問いかけにしばらく要は考えていた。

「気が強いような……」 

「まさか……あいつは小心者だよ。さも無きゃ嵯峨本家相続のごたごたの時に新三郎の首と胴体が離れているはずだ」 

 あっさりと自説を覆す父に短気な要の視線は鋭くとがった。

「実際命を賭けてまで貴族制を守ろうと言う人間がどれだけいるか……とりあえず利益だけを見て動いている人間は御しやすいものさ」 

 父の笑いにどうにも納得できないような表情を浮かべる要。母、康子は親子でそっくりなたれ目を見て面白そうに微笑んでいる。

「じゃあ佐賀さんが寝返ってくるわけですね」 

「あのなあ、すぐに結論を出そうとするのは良くない癖だ。止めたほうがいい」 

「裏切るって言ったのは親父じゃないか」 

 そう言って要は康子を見た。父を『親父』と呼んだことで明らかに康子は不機嫌そうな顔をしている。冷や汗を流しながら要は父に向き直った。

「寝返るって言うのはそれなりの勇気がいることだ。そこまでの器量は佐賀君には無いよ。ただ、いくつかの烏丸派ということで宇宙に上がった人達には色々粉はかけてみたよ。結果はかなりいい具合だ。確かに清原君は切れ者だ。仕事も速く決断力もある。だが人徳は……」 

「まるで自分は人徳があるみたいじゃないか」 

「要さん!」 

「すいません!お母様!」 

 康子に謝りながらも納得できない要。父もようやく娘の人生経験が足りないことを悟って大きなため息をついた。

「ともかく戦場は入り乱れての乱戦になるだろう。そうなれば実戦経験の豊富な赤松君に分がある。清原君も懐刀の安東君の使い方次第で勝機は見出せるだろうが……」 

「まるで人事だな。清原准将が勝ったら親父は斬首だと思うぞ」 

 あくまで楽しんでいるような父に釘を刺してみた。

「なあに、人の上に立つと言うのはそれなりのリスクを負うものさ。俺は四大公の筆頭に生まれちまった。兄貴は遼南で新三郎の皇位継承権に絡んで好き勝手やって戦死。そんな弟もそのまま遼南王家に魅入られて今じゃあ遼南皇帝だ。俺が責務を果たさないわけに行かないだろ?まったく因果な生まれだよ」 

 西園寺はそう言うと妻子を見ながら満足げに頷いた。


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