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動乱群像録 3

 遼州星系第四惑星『胡州』、その首都である帝都。首都らしく行きかう車と人に戸惑いながら明石は荷物を地面に置くと懐かしい赤い空を見上げた。今から14年前に帝都大学を早期終業し出陣して以来の帝都は明石には活気に満ちているように見えた。芸州や播州のような鬱屈した敗戦国の雰囲気はそこには微塵も残っていなかった。軍の施設から公用車を呼んだ別所は明石をそこに押し込みそのまま黒田に車を運転させて大通りを走る。

「さすがに帝都やな。人もぎょうさんおるわ」 

 後部座席の窓から街を眺める明石。その前では貴賎、老若、男女を問わず忙しく歩き回る帝都の人々の姿が見えた。

「タコ、これからどこに行くことになると思う?」 

 いたずらをする子供のような顔で魚住が話しかけてくる。その姿に呆れたような表情で助手席から顔を覗かせる別所。

「なんや、海軍省にでも出頭するんちゃうか?」 

 明石の言葉に呆れたような顔をする魚住。

「ならなんでタコの私物をトランクに積んだんだ?海軍省にそのまま住み着くつもりか?」 

 そんな魚住の言葉を聞いて噴出す運転中の黒田。

「おい、監物。言うんじゃねえぞ!面白くないからな!」 

 だが、車が帝都の中心部ではなくそのまま郊外の屋敷町に入った時点で明石には疑問が頭をもたげた。

「この辺りは近衛師団の先任区域で……でも……近衛の連中は陸軍の管轄や思うとったけど……」 

「ぷふっ」 

 ここに来て我慢できずに黒田が声に出して噴出す。

「気になるのう。どこに向かっとる?」 

 さすがにおもちゃにされるのもしゃくで明石は助手席の別所のシートを小突いた。

「お前のことを気に入った殿上貴族の方が貴様をボディーガード代わりに下宿させたいんだと。興味深い話だろ?」 

 別所の言葉で明石の不審は一気に晴れた。この豪勢な貴族の邸宅が続く街。それでも今だ西園寺派、烏丸派の過激派のテロが新聞記事に載らない日は無い状況で明石に一番似合う仕事は用心棒だと自分でも納得できた。

「じゃあ、赤松家か?それとも西園寺……」 

「馬鹿だねえ。西園寺家はタコみたいな無粋な輩には居場所がねえよ。赤松様のお屋敷の方だ」 

 魚住の言葉で行き先が分かると納得して明石はまた外の景色を眺めた。屋敷町らしく警官の姿が多い、人通りも軍港の周りの歓楽街とは違い閑散としている。ただ高級乗用車が猛スピードで行き来する様はこの国の政治が切羽詰った状況にあることを露呈していた。

「裏口から入るからな。黒田、そこの門をくぐれ」 

 別所の言葉で黒田がハンドルを切る。車の存在を察知して自動的に裏門と呼ぶには大きすぎる門が自動的に開く。

 赤松家の裏門。代々西園寺家の傍に仕える名門らしく、裏門とは言え大きな館の玄関前には車止めがあり、庭は手が行き届いて新鮮な緑を明石達に見せた。

「よし、そこでいい」 

 そのまま車を横付けするように言うと別所は真っ先に車を降りた。

 続いて降り立った明石が母屋に目を向けると殿上貴族の邸宅らしい裏門の大きな柱の根元に海軍幼年学校の制服を着た少年が立っていた。

「あれは?」 

 明石が魚住を見るとにんまりと笑う。

直満なおみつ嬢ちゃん!」 

 黒田が叫ぶが、直満と呼ばれたその子はそのまま明石をじっと見た後そのまま走って屋敷の奥に消えていった。

「嬢ちゃん?」 

 黒田の言葉に明石は不自然さを感じた。その表情が面白かったらしく魚住が含み笑いをしている。

「赤松准将の上のお嬢さんだ」 

「でも直満やぞ!変やろ」 

 明石の顔を見ると別所は困ったような顔をした。

「それじゃあ先代の赤松家の当主は?」 

 そう言われて明石は初めて理解した。赤松家は海軍の要職を世襲する武家の名門であるが、先代には男子の相続者が居らず長女の虎満とらみつが家督を相続したことは有名な話だった。『播磨の虎』と呼ばれた彼女は第三艦隊司令として先の大戦で初期の電撃的勝利を手中に入れた猛将として知られていた。そして彼女が胡州ではたまにある貴族の同性婚で三人の息子をもうけたことも思い出していた。

「妙な家じゃのう……」 

 そう言いながらトランクを開けた明石が着替えなどの最低限の荷物を取り出して裏口に立つとそこには直満を従えてすくっと立っている冷たい感じのある女性が明石を見つめていた。

 別所、魚住、黒田達が静かに目礼をする。

「あなたが明石大尉ですね。確かに強そうに見えますわね」 

 紫の小紋。どちらかと言えば落ち着いた色調の着物にその長い髪と目鼻立ちがはっきりとした気の強そうな表情が明石の視線を奪う。

「赤松の親父の奥方様、貴子様だ」 

 別所に耳打ちされて頭を下げる明石。それを見てにっこりと笑う姿に明石は緊張した手足の自由を取り戻した。

「直満!怖くないでしょ。いずれはあなたはこの家を離れて安東の家を継ぐことになるのですよ」 

 そう言って貴子が娘の頭を撫でる。直満は母が傍にいると言うこともあり、再び禿頭の大男である明石を見上げた。

「この人……お坊さん?」 

 直満の言葉に別所と魚住が目を合わせる。そして貴子も口に手を当てそれまでの楚々とした様子をひっくり返すような高らかな笑い声を上げた。

「そうよ、この人はお坊さんが本職なのよ。そうですわよね、別所君」 

「ええ、コイツは坊さんになり損ねて今は兵隊をやっていますが、いずれはどこかの住職になる予定ですから」 

 別所の言葉で自分の言ったことが正しいと分かると、初めて直満はうれしそうな瞳で明石を見上げてきた。

 明石は頭を掻きながらどうにも彼を恐がっている直満が近づくのを見ていた。そしてその少女が両軍幼年学校の最上級生である襟章をつけているのが分かった。

「お嬢、幼年学校に通っとるのか?」 

 荷物を担ぎながら明石は直満を撫でようとするがそのまま直満は後ろに下がってしまう。

「嫌われたもんだなあ、明石」 

 そう言うと魚住がそのまま裏口に腰掛ける。

「今日は少し料理にもこだわりましたのよ。新三郎さんから鯛の良いものが入りましたから」

 嵯峨家当主嵯峨惟基がまだ西園寺家の部屋住みだったころの西園寺新三郎の名を聞いて明石はここが政治の中枢帝都であることを思い出した。そうしてみると回りの気配が変わる。庭に続く道には衛兵がライフルを抱えて立っており、外にも私服の警備員と思われる人物が立っていたことも思い出される。 

「それは結構ですね。明石!とっとと荷物を片付けるぞ!」 

 別所の言葉に直満と向き合っていた明石は気がついたように靴を脱いで玄関に上がる。女中が手ぬぐいを差し出すが、魚住は笑ってそれを返した。

「それじゃあ、明石さん。こちらですよ」 

 そう言って貴子は明石を見つめた。それに続く魚住と黒田。

「ああ、明石。俺は少し大将と用があるから」 

 別所がそのまま赤松と会うために庭沿いの縁側に向かう。貴子は建物の奥へと明石達をいざなう。

「それにしても使用人の数が少ないですね」 

 ポツリと明石がつぶやく。微笑んで振り向く貴子。

「そうですわね、お寺さんと違って雇える使用人の数も限度がありますから。それに最近は領邦からの収入も減っておりますから仕方ありませんわ」 

 貴子はそのまま大屋根の屋敷に向かう。そこは本来は使用人の寝起きした部屋のようなものだが、人の気配はまるで無かった。

「奥の部屋は運転手の多田と庭師の田中が使っておりますからそれ以外ならどの部屋でも」 

 笑う貴子を見た明石は手前の一室のふすまを開けた。掃除は行き届いているが、もう何年も使った様子が感じられなかった。

「もしよろしければ畳を……」 

「いや、大丈夫なんちゃいますか?」 

 そのまま部屋に踏み込む明石。だが突然ずぶりと明石の右足を畳が飲み込んだ。

「あのなあ、人が住んでないと家は腐るんだぞ。貴子様、畳のほうお願いします」 

 苦笑いを浮かべながら魚住が貴子に頭を下げる。思わず噴出して笑いをこらえていた貴子も頷きながら困った顔の明石を見つめた。

「黒田。助けてやれよ」 

 魚住の言葉だが、体重がほとんど変わらない黒田が踏み込めば二重遭難になると思って首を振る。仕方なく明石は自力で踏み抜いた畳から抜け出し、そのまま貴子達が立っている廊下まで出来るだけ接地面積を増やすように四つんばいで歩み寄ってきた。

「ほんま……勘弁してえや」 

 畳の上で奇妙に貼っている禿頭の大男を見て付いてきていた直満が笑う。

「嬢ちゃん。よろしゅうな」 

 明石の言葉にようやく笑顔になって直満が頷いた。

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