動乱群像録 27
叫ぶオペレーター。指揮官の椅子で目を覚ました洋子の目の前のモニターには激しいコロニー外周部での戦闘の様子が目に入ってきていた。
「洋子様!一実大尉が戦死されました!」
コロニーの管理ルームに立っていた斎藤洋子に通信士官が声をかける。洋子はただ黙って光がきらめく濃州外周コロニー群の戦闘を見つめていた。
「こちらの戦力はあと……」
静かに長い髪を翻して振り返る女性の姿を見て鎮台府を預かる樋口修三大佐は気が引き締まる思いがしていた。彼女の兄、一学の死の時も彼女は涙を見せなかった。ただじっと何かに耐えているように唇をかみ締めて立ち尽くすのは今と変わらない。そして今はその兄が守った濃州に本格的な危機が迫っている。
すでに領民の避難は開始されていた。一番近い泉州はあの遼南皇帝である嵯峨惟基の領邦だった。もしそこに手を出せば遼州同盟を敵に回す。さすがに越州の切れ者と呼ばれる城一清もそこに手を出すことはしないと樋口は読んだ。そして家臣達の死に行く様を黙って見つめている洋子の腹の内を想像してただわびて見せたい衝動に駆られながら目の前のコントロールパネルで部隊の再配置を始めていた。
「現在は補給のため『なみしお』と『くろしお』が待機中です、後は泉州から事実上の亡命と言う形で『来島』を旗艦とする巡洋艦二、駆逐艦四がこちらに向かっているところです」
「そうですか……」
明らかに戦力では勝ち目は無かった。そして第三艦隊も保科老人の死によって帝都の治安が悪化すれば引き返さなければならなくなるのは分かりきった話だった。そうなれば今は好意的な行動をとっている泉州艦隊も敵に回ることさえ考えられた。それを思うと洋子は唇を噛み締めて芳しくない戦況を見守っていた。
モニターの中で駆逐艦が火を噴いてコロニーのミラーに激突して大破するのが目に入った。もうそれを見ては洋子は我慢ができなくなっていた。
「それでは私も出ます。指揮をお願いします」
そう言った洋子。樋口はもうそれを止めることはできない。
「五式を使いますか?」
樋口の言葉に静かに頷く明子。
「あの機体は相性がいいんですの。なんとなく時間を稼げるような気がしますしね」
強がりのような笑い。ただこの絶望的な状況でも笑みをこぼせるのはあのエースと呼ばれた兄の血を引いていることがわかって樋口も気が楽になって孫のような主君に大きく頷いて見せた。
そのまま管制室を出た洋子は敬礼する部下達の前を静かに通り過ぎていた。
『これ以上……お兄様が守った濃州を好きにはさせません』
心に決め、そのままエレベータに乗り込む。
すでにパイロット経験のある兵士は出撃を終えていた。艦船やアサルト・モジュールの係留されているドックに向かうエレベータや通路には人影はまばらだった。エアロックの前でヘルメットを被り気密を保つファスナーを閉める。そしてそのまま重いドアを開けるスイッチを押した。
そこには別世界があった。重力が無い中、負傷した兵士の血液があちこちに飛び散っている。整備班員は被弾すれば空気が無くなってしまうドックの通路をヘルメットも着けずに行きかう。
「洋子様!」
一人の片腕に負傷したパイロットが声をかけてくる。引き止められるのが分かっているので洋子は無視してそのまま通路を進んだ。
振動が時折壁越しに伝わってきている。すでにこの防衛拠点に取り付いたアサルト・モジュールもあるのかもしれない。そんなことを思いながら彼女が運用試験をしていた五式の係留されているドックへと向かった。
「え?洋子さま?」
青い五式にシートをかけようと部下を指揮していた士官が振り返る。誰もが疲れ果てた表情で濃州の旗機を敵に渡すまいと偽装を施そうとするところに明子は駆けつけた形になった。
「動かせますね」
洋子の言葉に士官はしばらく考える。そのまま黙って部下達が作業を辞めたのを確認すると大きくため息をついた。
「はい、すぐにでも戦闘可能なようにできています……しかし……」
士官の言葉に迷うことなく明子は五式のコックピットに向かってジャンプした。
「これで少しは時間を稼げます!各員は民間人の脱出を優先してください」
仕方が無いと言うように士官は隠そうとしてかぶせたシートをはがすように部下に合図をする。洋子はそれを見ながらいつもの試験のときと同じようにコックピットを開けるための腹部の装甲に設けられたスイッチを押した。音も無く装甲版が跳ね上がりそのしたのコックピットのモニターが埋め込まれたフレームが開く。
「こちら『青鷺』、コントロール聞こえますか?」
すぐさまシートに身を投げてヘルメットの後ろのジャックにコードをつなげてシステムを起動させながら明子は樋口の顔が浮き上がるモニターに目をやった。
『では乙の13、および丙の23地区に敵が取り付いています!』
「了解」
洋子はすぐにエンジンに火を入れてそのまま大型エアロックを押し開ける。
「光?」
彼女がつぶやく。いくつもの閃光が目に入った。彼女は知っていた。かつて彼女の兄が同じように閃光の一つとなって消えたことを。そしてこれから自分はそれを作るために出撃することを。敵の揚陸艦は三隻、明らかにこちらの数の不足を知っているように腹を晒して浮かんでいた。その手前にはすでに大破して爆縮を繰り返している友軍の駆逐艦が見える。
『現在そちらに二機!直進してきます』
オペレータの男性の言葉に頷きレーダーとモニターに目をやった。
「素人じゃないのを分かってもらわないと!」
モニターの端の動くものにレールガンの照準を合わせる。相手はまるで馬鹿にしているようにあわてるそぶりもなく突っ込んでくる。
『その距離じゃあ……ねえ』
突然の通信と共に狙っていた二機の三式が火を吹いた。驚いてその火線の源を辿る。目視では見えないがレーダーはそこにアサルト・モジュールがいるのを確認していた。
『嬢ちゃんのでる戦場じゃねえよ、ここは』
聞きなれた人をなめきったような声。
「新三郎さん……?」
『忘れられてたら悲しいよねえ……ほら来た!』
突然闇から現れた見慣れない機体にぶつけられて明子の機体はよろめく。その何も無い空間にはレールガンの火線が走っていた。
『ぼけっとしてると食われちゃうよー』
画面が開くとそこには遼南人民軍大佐の軍服を着た兄の旧友である嵯峨惟基の姿が映っていた。
「……新三郎さん?」
機体を建て直し目の前の戦前の試作アサルト・モジュール四式を駆る遼南の皇帝を見据えた。
『それでいい。嵯峨惟基やムジャンタ・ラスコーはここにいないことになってるからな。西園寺新三郎、昔の一学のダチが遊びに来たと思ってくれよ!』
そう言いながら背後にレールガンを向けて迫ってきていた旧型の97式を撃ち落す。
「でも本当に……」
『今は俺は大麗で会議に出ていることになってるから……気にするなって』
嵯峨の言葉に涙をこらえつつ洋子は周りを見据えた。
「樋口大佐……状況は?」
『敵は泉州艦隊を避けるようにして丁の四区画に向かってきています。恐らくは温存していたアサルト・モジュール部隊で一気に殲滅にかかると思われますが……』
その言葉にしばらく天を見た後嵯峨はニヤリと笑った。
『洋子坊。強くなりたいか?』
突然の問いに洋子は戸惑ったが静かに頷いた。
『それならここは俺についてきてくれ。樋口さんの予想では城の旦那は全軍率いてきているようだが実際の越州ではアサルト・モジュールの稼働率は高くない。恐らくはそのまま無人のミサイルポッドを使って戦力を削ぎにかかるはずだ。十分何とかなるぞ』
洋子を安心させるかのようにそう言うと嵯峨は手元の端末の情報を表示して明子と濃州鎮台の司令室に送信した。そこには現在の越州艦隊の展開図が見て取れるがそれは樋口がレーダーで割り出したそれとはかなり違っていた。
『多くがデブリを偽装して艦隊に見せかけているだけだな。あちらも第三艦隊がこちらに急行していることくらい知っているよ。そしてもし帝都で同志が決起してもそれを無視して赤松の旦那が突進してきたらと言う事も想定しているはずだ。そうなると出せる戦力は限られてくる』
樋口達、濃州鎮台が艦船やアサルト・モジュールと思っていた艦影がデコイであることを示す水色に染められていく。
『まあ城の旦那の最後の足掻き。付き合ってやろうや』
余裕のある嵯峨の表情に笑顔を返すと洋子は敵の展開する丁区域に向かって機体を進めた。