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動乱群像録 1

 キザでにやけた優男の手にある黒い拳銃の銃身。その先には三つ揃いの黒い背広を着たスキンヘッドにサングラスの大男が立っていた。そしてその大男、明石清海あかしきよみはただ口をへの字に結んで身動きせずに立ち尽くす。優男の周りにたむろするのは他にも五人のチンピラがにやけた表情で明石を見つめていた。しかもそれぞれ匕首で武装している。

『俺も焼きが回ったもんだ』 

 明石はそう観念した。相手のシマに一人で乗り込むなどと言うことは自殺行為なのは分かっていた。だが、復員してから今まで、ただ死ぬことばかり考えていた自分を思い返すと自然にその口に笑みが浮かんできた。まるでこうして銃口を向けられて何もできずにくたばることをを自分が望んでいた。考えてみればそう思えないこともなかった。すると当然のように自虐的笑みがこぼれてくる。

 相手のチンピラも芸州で知られた闇屋の組織、旭星会の若頭の明石が無様に倒れている様を堪能しようと下品な笑みを浮かべている。

「何をしている!」 

 突然、誰も顔を突っ込みたくないこの薄汚れた路地裏に叫び声が響いた。明石は自分がまだ天に見放されていないことを知ると少し残念な気分になった。

『余計なことせんでもええねんで……』

 心の中で明石がつぶやく。彼を取り巻いていた男達は、声の主が紺の詰襟が目立つ胡州海軍の制服を着ていることを確認すると困惑したような顔をする。とりあえず銃や匕首を隠すが、声の主の海軍士官はそのまま彼等に近づいてくる。人を呼ばれたら勝ち目は無いと悟った男達はばらばらに逃げ始めた。

 明石は駆け寄ってきた三人の男の姿を見上げた。明石が学徒兵として軍にいた時代からかなりデザインが変更された胡州海軍の士官の制服が目に入る。先頭を歩くのは巨漢の明石より少しばかり背が低い男。帯剣しているところから見て佐官以上の階級だった。彼の視線が一度明石を見て不思議そうな顔から驚いたような感じへと変わるのを明石は額から流れる血を気にしながら見上げていた。

「おい……もしかして明石か?帝大の?」 

 その男は明石の顔を見るなりそう聞いてきた。『帝大の明石』と呼ぶ高級将校に苦笑いを浮かべる。この芸州で『千手の清海』以外の名で呼ばれるのは初めての体験だった。

「確かにワシは明石言いますが?」 

「おい魚住!やっぱりこいつ明石だぞ!おい、覚えてるか?俺を。実業大の別所ってピッチャー」 

 ピッチャーという言葉が、明石の心を掴んだ。もう遠くに忘れてきていた出征前の大学時代を思い出させる響きがそこにあった。

「やっぱり!こんなでかい坊主頭他にいるかよ!俺だ!法大の一番の魚住だ!大学野球じゃ三回お前に盗塁を刺されたことがある」 

「別所?魚住?」 

 明石は次第に思い出していった。学徒出陣の直前の禁裏球場での試合。帝大史上最強の四番、本塁の守護神と呼ばれていた時代が自分にあったことを。

「別所少佐。この方は?」 

 一人残された海軍の大尉が静かにこちらを覗っている。しばらくは放心していた明石だが、三人の胸に最新鋭の人型戦闘機『アサルト・モジュール』、胡州名称『特戦』のパイロット章が輝いているのが見える。その男。緑色の不自然な髪の色からしてゲルパルトの人造人間の一人だろうか。噂では聞いていたが闇屋になって芸州の路地裏を住処にするようになった明石には男の人造人間を見るのはこれが初めての経験だった。

「こいつは帝大の四番キャッチャーの明石だ。何度か話したろ?俺はこいつに二本も長打を打たれてるんだ」 

「三本の間違いや。それに一本は本塁打やったのも忘れたらあかんな」 

 明石は切れた口の中から流れる血をぬぐいながらそう言うとやっと安心したとでも言うように笑った。昔の話をされると先ほどまでの殴る蹴るの暴行で力も抜けていたはずの体が軽く感じられた。泥だらけのジャケットをはたいてゆっくりと立ち上がる。

「汚い格好だなあ、おい。まあいいや、明石!これから付き合わんか?」 

 別所はそう言うと昔の大学生のような笑顔を浮かべた。損得勘定のない笑顔というものを見るのは明石には久しぶりのことだった。

「しかし、別所少佐これから赤松大佐の宴席に……」 

 弱々しく口ごもる人造人間。

「黒田!だから言ってるんだよ。『明日の胡州を作るにはまず人である』てのが赤松准将の信念だ。来るよなあ、明石!」 

 明石は実業義塾大のエースだった別所晋一の言葉に懐かしさに駆られて立ち上がった。

「それも、ええやろ」 

 ジャケットに袖を通しながらの明石の言葉にかつてのライバルの別所、そして大学野球の強豪法律技術大の韋駄天と呼ばれた魚住雅吉を見下ろした。

「でかいなあ、相変わらず。じゃあ行こうか」 

 ちらちらと明石を見上げる緑の髪の男に連れられるようにしてそのまま路地から歩き出した。

 路地から出るとようやく落ち着いた明石は三人のきちんとアイロンの当てられた制服を眺めた。そして急にいたたまれないような気持ちが湧き上がってくるのを感じていた。そして周りの好奇心に満ちた目を見るたびに湧き上がる焦燥感。そして二人の軍服の似合い方を見て分かったとでも言うようにつぶやいた。

「貴様等は軍に残ったんか?」

「まあな。……俺は実はお前を探していたんだ」 

 別所はそう言うとそのまま先ほどまで明石達の騒動を無視して息を潜めていた闇市の住人の救う市場を出て歩き始めた。海軍のエリート士官の後ろをついて歩くどう見ても堅気に見えない大男にお世辞にもきれいとは言えないが先ほどの市場の混乱に比べればはるかにましな歓楽街を歩く客達は思わず目をそらす。その様子に当の本人の明石が苦笑いを浮かべた。

「まあ大学を出ても仕事も無いしな。闇屋を始めるにも手持ちの金も無いって訳で赤松の大将に拾われたんだ」 

 そう言ってからからと笑う魚住。帝都六大学野球の最後の対法大戦で気弱な自軍のエースに危険球を投げるようにサインを出したことを思い出してつい明石に笑みがこぼれる。

「闇屋は儲かるか?」 

 先頭を行く別所が振り向く。明石は答える代わりに左腕に巻かれた金のブランド物の時計を見せる。

「なんだよ!俺も闇屋になるんだったな!」 

 そう言って明石より頭一つ小さい体の魚住が笑い出す。隣の明石と同じくらいの背格好の人造人間は引きつったような笑いを浮かべていた。

「黒田。闇屋は良いぞ!俺等の仕事じゃ稼ぎなんて高が知れてるからな」 

 魚住の冗談に困惑した表情の黒田と呼ばれる人造人間。

「ああ、コイツの紹介がまだか。黒田監物くろだけんもつ大尉殿だ。見ての通りのゲルパルトの『ラストバタリオン』の出身だ」 

 外惑星の最後の賭けと呼ばれた戦闘用人造人間、『ラストバタリオン』。その存在をまるで知り尽くしているかのようにあっさり紹介してついてくる明石を振り返る別所。黒田はそのまま軽く明石に頭を下げる。

「別所が中佐で、魚住が少佐。ずいぶん階級の安売りをしてるんだな海軍も」 

 皮肉のつもりで言った明石の言葉は魚住の笑いの中に消える。

「先の大戦でほとんどの職業軍人は戦死か追放だからな。俺等みたいな学徒兵上がりも出世は思いのままってところだ……おっとあそこの店だぜ」 

 魚住が指差したのは傾きそうなバラックに暖簾をかけている串カツ屋だった。戦後の軍に知識の無い明石でも知っている海軍の重鎮の赤松忠満あかまつただみつと言う人物の宴席には到底不釣合いな店構えに見える。それを見て明石は立ち止まった。

「今日のところは挨拶だけで……」 

 昨日、その店にショバ代の件で舎弟に顔を出させたのを思い出し躊躇する明石。

「逃げるなよ」 

 そう言って別所は明石をにらみつけてきた。かつてマウンドで見た威圧するような視線は今ではさらに凄みを増していた。

「別所さん!御大将がお待ちですよ!」 

 店の前で雑談していた下士官が別所達を見て声をかけてきた。

「こういう時は度胸だぞ!」 

 そう言って明石の背を叩く魚住。仕方なく明石は三人のあとに続く。

「別所中佐!この方は?」 

 腰の拳銃をちらつかせながら下士官は明石を見上げる。明石はその好奇の視線にいらだちながら自分の腕なら殴れば穴が開きそうな壁が目立つ串かつ屋の店を眺めていた。

「大学時代の知り合いだ。有為な人材は逃すなってことだ」 

 そう言って別所が縄のれんをくぐって店の立て付けの悪い引き戸を開ける。

 中には海軍の将校達が串カツを片手に活発に議論を戦わせていた。しかし、別所の顔を見るとすぐに立ち上がり敬礼をする。

 明石は自分に場違いな雰囲気に苦笑いを浮かべながら剃り上げられた頭を叩いた。

「お客さんか?晋一、そないにワシを喜ばせても何にもでえへんぞ?」 

 店の奥で白髪の目立つやつれた顔の店の亭主と雑談をしていた将官の制服に身を包んだ男がカウンターの高い椅子降りてそのまま明石の前に歩み寄ってきた。

「『千手の清海』か……極道にも顔がきくんかいな、晋一は」 

 そう言って赤松は明石を眺めている。先の地球と遼州星系の戦争で追い詰められていく補給部隊や撤退する輸送艦を護衛して一隻の脱落者も無く護衛駆逐艦の艦隊を率いた男。伝説の策士を目の前に明石はただ呆然と立ち尽くしていた。

「おう、いつまで立っとん?ここ、ここに座れ」 

 明石はそのままカウンターの手前を叩いて明石を座らせる。人のよさそうな顔に口ひげを蓄え、多少出っ張った腹を叩きつつ店の亭主からコップ酒を受け取る赤松。

「別所!お前等もや」 

 明石の言葉にカウンターに席を占める別所達。

「この芸州じゃあ帝大出の坊主のせがれが肩で風切って歩いとる言う話は聞いとったが、ずいぶんとおとなしいもんやなあ」 

 一口酒を口に含むと堅苦しい顔の中にめり込んでいるように見える大きな目で別所を見つめる。

「なあに、場所をわきまえているだけでしょう。まさか御大将の目的の一つが人材の一本釣りをは思っていないでしょうからね、こいつは」 

 別所の口から一本釣りと言う言葉を聞いても明石はまるで理解できなかった。

「お前さんの親分さんな。杯返してくれ言うとったわ。土下座はいらん、とっとと出てけって……なあ!」 

 そう言ってカウンターの後ろの座敷で議論に明け暮れていた部下達に赤松が目を向けると彼等は笑顔で頷いた。

「破門……なんでワシが?」 

 闇屋の鉄砲玉からの抜擢。明石はなぜ赤松達が自分にこれほどの好意を赤松が見せるのか理解できなかった。しかもそれが海軍への引き抜きと言うことらしいのでただ呆然と立ち尽くす。

「兄貴……ですか?」 

 明石が考えてみると兄の差し金以外に考えが回らなかった。播磨コロニー群一の名刹福原寺の次男として生まれ、胡州帝国第一大学の文学部のインド哲学科に学んだころから兄、明石清園あかしせいおんとはかなりギクシャクした関係だった。貴族に列し伯爵の爵位も持つ大本山の跡継ぎは兄に決まり、恩位の制で子爵の格を得てどこかの寺の婿養子になる運命だった明石はまるで当然のように時代が戦争に向かうことに巻き込まれていくことになった。

 戦況の悪化で文系の大学生を対象とした学徒出陣で大学を早期終業した明石はそのまま学徒兵対象の指揮官教育を受けると少尉として『決起攻撃隊』に配属となった。対消滅爆弾にコックピットをつけてそのまま敵艦隊に突入する。アステロイドベルトの基地でそのための訓練を部下の幼年兵達に施すだけの毎日。そして命令があればそのまま人間爆弾として年端も行かぬ少年兵を率いて敵艦隊に突撃する。そんな緊張感が自分を蝕んでいたことが分かったのは戦争が終わり福原寺に帰ってすぐのことだった。

 敗戦国として多額の賠償金を課せられた胡州は役人になる基準を厳密化し、戦前ならば貴族であると言うだけでどんな無能な人間も採用したコロニー管理局などの役所にも明石は門前払いを食らった。ただのんべんだらりと居候を続けて3ヶ月。兄の視線、その嫁の視線が痛く突き刺さることと、常に死を感じながら訓練を続けた記憶に追い立てられるように明石は実家を飛び出した。昔から野球で鍛えただけあり腕力には自信があった。度胸もそれなりに自慢だった。魚住が言ったとおり、貴族の年金を元手に闇屋を始めた明石がいつの間にかヤクザの世界に入っていったのは自然な流れだった。

 そんな自分にどうしてこの人のよさそうな猛将が興味を持つのか。そんなことを考えながら明石は目の前に並ぶ串カツに手を伸ばした。

 串カツを咥え。注がれたままのビールを見ながら明石は思い返す。それは先の戦争がどうして始まり、胡州はどう敗れたかということだった。

 それはたった一つの半径5kmほどの遼州星系外アステロイドベルトの小惑星をめぐる領有権争いがきっかけだった。胡州帝国、ゲルパルト帝国、遼南帝国。この三国を中心とする枢軸陣営は地球を中心とする秩序を否定した新たな世界観を提唱すると言う名目で全面戦争に突入した。

 枢軸側の奇襲は一枚岩になれないアメリカを中心とした地球連合軍を寸断し、緒戦は枢軸側の圧倒的勝利で戦いは始まった。地球ではアフリカ、中央アジアや南米で枢軸側は破竹の勝利を続け、同調する東アジアにも食指を伸ばそうとしていた。この遼州星系でも第三惑星遼州の衛星、大麗民国を占領し、遼北人民共和国、西モスレム首長国連邦を圧倒して戦い帰趨は決まるかに見えた。

 だが連合国の足並みが揃いだすと広がりきった補給線を抱える枢軸側の進撃は鈍った。他の植民惑星の連合側での参戦が次々と報道されるにしたがって無茶とも言える進撃は止まった。参戦を打診していた東和の中立宣言が進撃を一方的敗走に変えた。遼州星系第四惑星と二つの衛星、そして幾多のコロニー群で構成される胡州帝国は地球圏と遼南支援作戦で戦力を消耗、風前の灯と見えた。だが多数の戦死者を出し講和の道を探していた遼北人民共和国との電撃休戦と言う外交戦術で何とか直接攻撃を受けることは無く終戦を迎えた。それだけが救いと呼ぶもの、徹底抗戦を叫ぶもの。当時の混乱を思い出すと明石の串かつを噛み締める動作が少しぎこちないものに変わっていた。

 ソースを見ながら復員したてのころの播州コロニーを思い出した。休戦協定で多くのアステロイドベルトの権益を失い、遼南の東海州の領土を割譲され、多額の賠償金と貴族制中心の国家体制の変更を連合国に突きつけられ、胡州帝国は斜陽の大国の様相を呈していた。そんな中、遼北との休戦協定の締結に尽力した外交官僚、西園寺基義さいおんじもとよしは軍部との対立で放逐されていた中央政界に復帰、胡州四大公の筆頭の当主として次第に政治的発言権を強めていた。

 一方、連合国との協定文書で軍部や官界を追われた下級貴族達は四大公で西園寺との確執が噂されていた烏丸頼盛を頼った。彼等は貴族だけが被選挙権を持つ枢密院での数を背景に西園寺が率いる庶民院に強い政治集団の『民派』との政治抗争を開始した。

 亡国の体を見せた政治抗争が続く中。この両者の対立を収めたのが保科家春と言う個性だった。四大公の一つ大河内家の惣領に生まれながら、弟に家督を譲って枢密院での形ばかりの議員をしていた男は人材の枯渇した胡州の政界に颯爽と躍り出ることになった。西園寺家、烏丸家とも姻戚である彼は政争に走ろうとする巨頭二人に会談の場を設けて烏丸頼盛を首班とする挙国一致内閣を成立させ、自らは枢密院議長としてにらみを利かせた。

 時に大戦中に皇帝が追われて枢軸を抜けた遼南共和国で内戦が勃発。同じく国家解体されていたゲルパルトなどの外惑星コロニーでの独立運動が活発化するとその中央に位置する胡州の戦略的価値は上昇、旧連合国もその安定化を促進するために賠償金の免除や積極的投資などによりようやく復興が始まることになった。経済的安定は一時的に政治抗争を中断させることになった。そして貴族の没落、経済人の発言権の拡大は自然と胡州を連合国が望んだ民主国家へと変貌させることになる。誰もがそう思っていた。

 だが、そんなことは今の明石にはうそ臭いごまかしのように見えていた。

 拝金主義で金で貴族の爵位を買いあさる成金。公然と賄賂で財を成す官僚貴族。上官の政治的立場でころころと態度を変える職業軍人。闇市で素人を食い物にする自分への言い訳の為に彼等の偽善を心の中で暴き立てて喜んでいる自分を嫌いながらもそう生きるしかないと覚悟して今まで生きていた。

 そんな明石の隣で串カツを旨そうに頬張る赤松と言う男を明石はどう定義すれば良いのか悩んでいた。

 赤松家は『西園寺の大番頭』と呼ばれる西園寺家臣団の筆頭の家柄である。そして海軍は現在は病気療養中の大河内吉元前海軍大臣に代表される『民派』の牙城である。

「あのう……」 

 明石は恐る恐るコップ酒を傾ける将軍に声をかけた。

「なんや?……おう、少ししか食うとらんやないか!とにかく食え」 

 そう言って赤松は串カツの乗った皿を明石に突きつける。

「金なら気にするな」 

 反対側に座る別所がそう言いながら串カツを咥える。隣の魚住はすでにコップにあふれるほど注がれていた日本酒を一息で空ける勢いで飲んでいる。

「ワシは……なんで?」 

 まだ状況の読みきれない明石は恐る恐る赤松に話しかけた。

「なんでやて?使える奴がふてくされて場末の居酒屋で侠客気取りで寝ておりますなんて別所が言うからな」 

 赤松はそう言うとコップ酒を進めた。明石が振り返ればそこには薄ら笑いを浮かべる別所の姿がある。

「騙したんか?」 

 口をついて出たのはそんな言葉だった。明石はそんなネガティブな言葉しか出てこない自分の今の語彙に引きつった笑みが浮かぶのを感じた。

「事務所を訪ねたんだが出ていると言う話だったからな。はじめから貴様に会いに行ったんだ」 

 別所の言葉にそれまで座敷の将校達と雑談を続けていた魚住が大きく頷いている。緑の髪の黒田も真剣な顔で明石を見つめていた。

「それほどワシは立派な人間じゃ……」 

「それや!」 

 赤松はそう言って手を打った。そして喜びに打ち震えるように明石の手を握り締めて立ち上がる。

「自分が立派やなんて思うとる奴にろくな奴はおらん!自分のことがわからん奴は信用でけへん。ワシもそうや!この別所かて自分をただの人殺しや言うて、うちに来るのを嫌がった末に引き抜いたんや。今、胡州にはそう言う謙虚な人材が足らん!どいつも天狗かアホしかおらん……」 

 つばを飛ばしてまくし立てる赤松に明石は苦笑いを浮かべた。明らかにそれが芝居だと言うことは見抜けない明石ではなかった。だが、その言葉は大げさにしろ本心から出ているだろうと言うことがわかって少しばかりこの将軍を信用する気になり始めた。

「それでワシは何をすれば……」 

 そう言ってしまうと明石の前の将軍は言葉を止めてにんまりと笑う。赤松が目で合図すると座敷の士官が手にしていたトランクを明石の前に置いた。

「まず格好から行こか」 

 赤松の言葉とともに開かれたトランクには胡州海軍の詰襟が入っていた。集まってきた将校に汚れたジャケットとズボンを剥ぎ取られ、そのまま中の新品の軍服に着替えさせられた。

『もうどうなってもかまへん』 

 そんなやけっぱちな気分で体の力を抜いて士官達に着替えさせる明石。

「どや!」 

 着替えが終わって明石は階級章を見た。

「中尉?」 

「すまんなあ、とりあえず一階級しか上げられなんだ。海軍のお堅い連中はホンマ使えんわ」 

 赤松はそう言うと別所に目をやる。彼の手には冊子が握られている。

「とりあえず特戦訓練課程への推薦は済ませてある。貴様なら手加減せずに鍛え上げられるからな」 

 そう言う別所が何を言いたいのか明石にはわからなかった。

「特戦?ああ、アサルト・モジュールとか言うロボットに乗れ言う話しですか?それで鍛える……?」 

「別所教導官殿の特別メニューが待ってるってことだ!俺や黒田も手伝うけどな」 

 魚住が満面の笑みを浮かべている。

「これもまたありやろか?」 

 自分に言い聞かせるように明石はつぶやいていた。

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