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第2話 王子と外戚と傭兵(2)

(誰か、助けて……)


 助けを求める必死の声は、口に噛まされた猿轡(さるぐつわ)のせいで音にならない。巨大な異国船の薄暗い貨物室に放り込まれた少女は何とか脱出しようと懸命にもがくが、手足を縄できつく縛られていて身動きが取れなかった。


「なかなか生きのいい小娘だろう。三十プロムでどうかな」


 白い肌の小太りな宣教師が、船の持ち主である同郷の商人たちに取引額を提示してにやりと(わら)う。少女には彼らが話している異国の言語は全く分からないが、それでも自分が奴隷としてどこか遠くの国へ売り飛ばされようとしているという危機的な状況だけはすぐに理解することができた。


「確かに健康そうで、容姿もなかなか悪くないが……三十プロムはちと高いですな。二十七プロムでどうでしょう」


「ああ。それでいい。その値段で決まりとしよう」


 貿易商の男が提案した銅貨三枚分の値切りに、ハメス・サモラーノ神父は気さくな態度であっさりと応じた。とかく費用がかさむ海外での布教活動では、自国の商人と提携した奴隷貿易は手軽で効率の良い金策の一つである。近頃、ロギエル教に入信し洗礼を受けたばかりの母親に連れられて教会に通い始めていた少女は、高い倫理観と博愛の心を持つ立派な教師だと思っていた聖職者の思わぬ闇を目の当たりにして絶望にすくんだ。


「では取引成立ですな。これで今回も……」


 ハメスが契約書に署名をして渡し、商人から差し出された銅貨を受け取ろうとしたその時、突如として貨物室の外で大きな物音が響き、続いて船員たちのただならぬ叫び声が聞こえた。


「何事だ……?」


 騒ぎに気づいたハメスと商人たちが様子を見に行こうとした時には既に遅かった。荒々しく船に乗り込んできた十数名の武装集団が見張りの兵たちを斬り捨て、貨物室の中へ勢いよく雪崩れ込んできたのである。


「な、何だ!? 貴様らは」


 ナピシムやアレクジェリア大陸の兵士や騎士とは一見して異なる、具足の上に緋色の陣羽織を着込んだ屈強な戦士たちが貨物室の出口を塞いで居並び、構えた太刀を向けてハメスらを威圧する。彼らの中から一歩進み出て、口上を述べたのは藤真であった。


「愛や道徳を偉そうに語るロギエル教の伴天連(バテレン)が聞いて呆れる。この国の民を拉致して非道な苦役に利用する奴隷貿易、例えお前たちの神が許しても、瑞那の(さむらい)は許さぬぞ!」


「しまった。サムライどもに嗅ぎつけられたか!」


 サムライ――それは近年このナピシムに数多く渡って来た、海の彼方の日出ずる国の勇者たち。ハメスが口にしたその名を聞いて、彼らの背後にいた囚われの少女が思わず歓喜に目を見開いた。


(サムライが助けに来てくれた!)


 だが、このような悪事を企むからには奴隷商人たちとて丸腰のはずはない。会計役の若い男がパチンと指を鳴らして合図すると、貨物室の奥にある裏口の扉が開き、ナイフや剣や棍棒を手にした目つきの悪い大柄な男たちがぞろぞろと入って来た。奴隷商人が雇っていた用心棒たちである。


「なるほどな。こんな連中を用意してるってことは、取り締まられるような犯罪に手を染めてるって認識はあった訳だ」


「となれば、こちらも成敗するのに手加減は無用でござるな」


 景佑が好戦性を剥き出しにして小さく舌なめずりをし、藤真も悪党たちへの怒りに燃えて愛刀・清正を握った手に力を込める。彼らを威嚇するように睨みつけながら、用心棒の男たちは各々の武器を構えて襲いかかろうとする構えを見せた。


「東洋の未開人如きに何ができる? 者ども、かかれ!」


「南蛮の悪徳商人どもに天誅を下す。覚悟しやがれ!」


 景佑の号令で太刀を振り上げ、鋭い殺気と共に斬りかかるサムライ軍団。広い船の貨物室を血に染める激しい戦闘が、縄で縛られて動けずにいる少女の目の前で火蓋を切った。

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