小さな目標
気づくと元いた畑の片隅に戻っていた。二人で覗き込んでいた体制のままだったが、そこにはもう穴は無くなっていた。
「うぉぉぉぉ!やばくね!あれ絶対に女神様だ!ルーもそう思うだろ!?」
オレンジ頭の親友のカムイが、真っ赤なルビーみたいな目をキラキラさせながら肩を物凄い勢いで揺さぶってくる。急に手をパッと離し、立ち上がり右手拳を胸の辺りでぎゅっと握りしめ、どこか遠くを見つめて声高らかに宣言した。
「俺、勇者になる!世界中のありとあらゆる珍しい物を集めて、この錆びれた農村を賑やかな街に変えるんだ!」
その姿は本に出てくる勇者そのものだった。カムイなら本当に勇者に成れそうな気がした。次の瞬間、盛大な笑い声が聞こえた。いつの間にか隣の畑にバフじいさんが来ていた。
「なぁにバカな事言ってんだい。ワシにも負ける小童共が、まずは農作業を極めてみせぇ。」
そう言うとじいさんはせっせと畑仕事に取り組み始めた。
「あのクソじじい。せっかく人の決め場を…。」
カムイは肩をプルプルさせながら、小声でそう呟いてた。あのじいさんとは休憩がてらによく腕相撲をするが、小童相手なら小指で十分と言って楽々勝ってしまう。
僕は立ち上がりながら、カムイにこう言った。
「二人で頑張ろう。」
カムイの顔がパーッと明るくなり、ガバッと抱きついてきた。
「さすが俺の親友!まずはあのクソじじいを倒すぞ!」
こうして打倒クソ…バフじいさんという目標ができた。
今まで適当にやっていた農作業も、目標ができると楽しいものだった。実はバフじいさんは強化魔法の達人だった。魔法はだいたいの人が使えるが、やっぱり人には得手不得手があり同じ魔法でも威力や性能に大きな差が出た。そして何よりも年の功がデカい。同じ魔法を使い続けるとレベルが上がっていく。分かりやすい火魔法で例えると、火花が出てレベル1、マッチの火くらいでレベル2、冒険者達が攻撃に使うようなやつはレベル5くらいと言われている。だが、バフじいさんは自称だが強化魔法はレベル999だと言い張っている。使っている全ての物に強化魔法を施し、買った物を買い換えた事が無いと言い張っていた。そして、
「ワシに勝ちたかったら、強化魔法くらいは使いこなしてみせぇ。」
腕相撲する度に口癖のように良く言っていた。
僕達は可能な限り強化魔法を使うようにした。これが無茶苦茶しんどかった。レベル1の魔法なんてあって無いようなものにも関わらず、まだ10歳の僕達は魔力量も少ないのですぐに魔力切れを起こして倒れて両親に叱られた。それでも僕達は使い続けた。一ヶ月くらい使い続けるうちに魔力量が何となくわかるようになってきた。
今日も身体強化をしながら畑の草むしりをしていたら、バフじいさんが声をかけてきた。
「お前、強化魔法の使い方をまるでわかっとらんね。あの太陽バカにも教えてやるから明日は二人でうちの畑を手伝えやぁ。」
「えっ?」
「そこはハイじゃろ!」
「ハ、ハイ!」
それを聞くとバフじいさんはニヤッと笑い畑仕事もしないで帰っていった。あのじいさん大丈夫だろうか?