東国の勇者の場合65
リニアさんはさっき風呂を沸かすといっていた気がする。いや、そう言えば食事も一緒に頼んでいた。もしかしたら、そっちの方を優先させているのかもしれない。
自分の召喚時の女神の情報を聞かなければ先に進むことができない。アルスレッドが聞いた女神の現れた瞬間を見た人間である、早く話が聞きたい。
いつもの食堂へ行ってみるが、まあ料理は出来上がっていない。あまりにも早すぎたといったところだろうか。そりゃあ、いくらなんでもこの早さできるわけはない。焦る気持ちが前に出過ぎてしまった。
少し冷静になろう。少し興奮しすぎている。落ち着いて考えれば、リニアさんの方から呼びにくることは想像できる。部屋で待っていれば良いのだ。こんなこともすぐに思い付かないとはあまりにも焦っていたようである。少し落ち着いて考えてみよう。
女神が出てきたということはそれまでの勇者の召喚時の内容には入っていなかった。光に包まれた勇者が気を失い、その場に倒れるところまでは確認していた。しかし、自分の場合は違った。女神が現れたのだ。それなら、これだけ荒らしまわっている自分が粛清されないのも大きい。リニアさんと同じように女神の姿を確認して、そのことをまわりに吹聴している人間は思いの外いるのかもしれない。
そうなってくると、問題は誰が見ているのかということだ。同じ現場にいながらも、アルスレッドに女神の姿は視認できていなかった。一体何が違っていたのだろうか。そこを知ることで何かがわかるかもしれない。
自分がどうやってここに来たかだけではなく、この世界がどうやって成り立っているかまで。
それに、振り返ってみれば、結構妙なことを言っていた。確か、シンパととでも言っていただろう。この文字列で思い浮かぶのは『新派』か『信派』くらいなものだが。どちらにしても、良いものではなことくらい容易に想像できる。この意味を知らなければ、どこかで足元を掬われるかもしれない。
ここにきてからずっと好き勝手な言動をしているせいで、考えることが山積みだ。自業自得と言ってしまってはそれまでだが、流石に色々厳しすぎやしないだろうか。もう少し、ぬるま湯に浸からせてくれても良くないだろうか。自分だけに与えられたゲームステージの違いに文句の一つくらい垂れたくなる。
とは言っても何かが、変わるわけもないことは人生の中で嫌というほど学んできた。
さて、、、どうしたものだろうか。この際、今わからないことはどうでもいい。わかることだけで考えてみよう。それなら、少し、価値観を反転させてみよう。
今、自分の置かれている状況が自分は何かしらのバグが起こって、陥っているのだと思っていたがもしかしたら違うのかもしれない。女神が現れたというのなら、何かしら女神によって引き起こされたと考えるべきであろう。一体それが何なのか、そこを突き詰めれば何かが見えてきそうである。
しかし、いまいち詰め切ることができない。何かもう一つ思考のピースを見つけるか発想の転換がなければ、ならないのだろう。
思考に没頭しながら歩いていると、何かに急にぶつかってしまった。
「ケンマ様、失礼いたしました。」