東国の勇者の場合54
「申し訳ありません!!」
頭を下げると同時に、自分の声が部屋中に響き渡った。こんな事でこの国からの信頼を損ないたくはない。どうにかして、ただの間違いで不慮の事故であったとわかってもらうしかない。だとするならば自分にできることは今はひとつ。とにかく謝罪し続けることだ。
そんなことを考えている間、謝罪の後に流れたものは静寂だった。個人的な感覚を言って仕舞えば、ここで叫び声のようなものが流れて来てもおかしくは無い。
不思議に思い、恐る恐る顔を上げてみる。そうすると、相手も少し不思議そうにこちらをみている。どういった事だろうか。女性の個室にお男が無断で入ろうものならば、色々ととやかく言われそうなものだがそいったそぶりが一切ない。
「あのぉ、怒ったりとかしないんですか?」
あまりにも理解の及ばぬ状況に、つい質問をしてしまった。
その質問に使用人の女性は、少し微笑むかのように笑うと、続けて語り出した。
「お気遣いありがとうございます。ですが、お気になさらないでください、勇者殿。私達のような身分の人間はこう言ったことには寛大であれと教わっておりますので。」
それは安易に使用人への差別を肯定するべきであると言っているようなものではないだろうか。何かしらの階級差別がまだ残っていると考えた方がいろいろと納得できるというものだ。そこはやはり、自分たちの元居た世界の方が進んでいるということか。
それにそこはこの世界の人間たちが選択してゆくことだ。自分のような異界の人間が立ち入っていい領域ではない。
それよりも、
「さっき、どうして、自分の事を?」
さっき自分の事を勇者と言っていたが、目の前にいる人は初対面だ。そんな人間を勇者と知っていたのはなぜなのだろうか。
「失礼ながら、わたくし、給仕担当のアクア・リスティアと申します。お食事などを運ばせていただくなどリニア様ほどではありませんがお世話をさせていただいております。」
その言葉で今思い出した。そういえば、食事の時に横に立っていた人がいた。多分この人だ。全然思い出せないが、この人なのだと思う。
「いや、あの、、、、ごめんなさい。」
とりあえず言った謝ることにした。とりあえず、今自分にできる最善策である。
「そんなに気になさらないでください。我々使用人というのはそういった立場の人間でもありますから。」
そういうと、にっこりと笑って一礼をした。
狭い部屋の中での数分の出来事だったが、この国の重要な文化を知ることができた。いろいろと有り難い反面、自分の世界との違いに困惑してくる。これだけ違ったものがある中でやっていけるだろうか、そう考えるほど気が滅入ってくる。