東国の勇者の場合40
「その昔それは、私の生まれるずっと前の話。その頃我々一族は、まだ平民でありました。」
なるほど、祖先の話か。ただ、どのぐらい昔なのだろう。男爵というのであれば貴族としての期間が短いとも考えられる。それだけに、その昔というのがどれだけ前のことを表わしているのかわからないが、そんなに期間が経っていないと思える。
「魔族との戦いの後、勇者が1人、私たちのいる村に現れたのでした。」
ほぉ、ということはそこで何か事件があり、勇者に救ってもらい、その結果何かの間違いで貴族になれたというところだろうか。物語でよく聞く単純なエピソードである。つまらなくなることが予想されるが、このまま聞いてみるとするか。
「勇者は仲間たちとははぐれてしまい、辛くも生き延びたという様子でした。着ていた防具もボロボロ、喋ることも儘ならない程衰弱しきっておりました。そして今に力が尽きようという寸前の状態で村の入り口の所に倒れていたのです。
その時、そこを通りかかったのは、その村の青年でした。その青年は勇者に気がつくとすぐに駆け寄りました。勇者の今にも死にそうな表情、わずかばかりの呼吸、力の入った感触のない体、全てが勇者の生命は風前の灯であると伝えているのでした。
緊急を悟った青年は勇者を背負い直ぐに村の診療所へ駆け出したのです。今、この世界の命運がこの青年に掛かっている。この青年が間に合わなければ、直ぐに魔族の侵攻を許しかねない。そうすればこの世界は魔族に支配され我々人間は、」
「ちょっと待った」
何だか嫌な予感がして、止めてしまった。
「いかが致しましたでしょうか、勇者様。」
「いかがも何も物語を全て語ろうとしていませんか。無駄なところを長々と話しそうで、無駄にがくなっていきそうなんですが。」
「無駄なところなんて、そんなところはございません。」
そんなに力強く否定されても、語り口調が今にも勇者を始めとした登場人物達の一挙手一投足を話しそうな勢いなのだが。
「だったらせめてその語り口調をやめて、もう少し掻い摘んで話してください。」
「何とっ⁉︎この語り口調でないと彼らの心情や、物語の情緒を伝えることが出ないじゃないですか‼︎」
「伝えなくて良いっ‼︎」
自分の声が屋敷に響き渡った。
しまった。つい声を荒らげてしまった。空気が静まり変えっているのが伝わってくる。周りは皆驚いたような表情で固まっている。そして、目の前のウィリアム卿は涙目で、今にも泣き出しそうな勢いである。少し弁明をしよう。
「申し訳ありません。私達も時間が惜しいのです。ですからここにいることが出来るのもそう長くはありません。ですから、手短に、必要なところだけを話して頂けるとありがたいです。」
これで何とかなるだろうか。
「何と‼︎そのような事に思い至らず申し訳ありません。自分の事しか考えていないとは、私の不得の逸ところでございます。」
そう言ってウィリアム卿は頭を下げた。何とか収まったようだ。それにしても自分の事しか考えてないのはこちらのように感じるが、今は黙っておこう。
「ありがとうございます、ウィリアム卿。」
「寛大なる御慈悲ありがとうございます。では、一番大切なところだけを話させていただきますと、わたしの曽祖母は勇者なのです。」
・・・・・・・は?
えっ、それで終わり。もう少し詳しい情報が欲しいんですけど、というか、曽祖母って何?結末だけ聞いた映画みたいなわけわからなさが頭を駆け巡った。