東国の勇者の場合38
そうこうしているうちに船は次の島に到着した。
そういえば食事に関しては話が重すぎてちゃんと味わえなかった。次の島ではしっかりと味わうことにしよう。
「つぎの方はモントリア伯爵家のマーティン卿でございます。」
正直、さっきのモーリス卿と話してみて貴族というものを知ってみると、かなり精神的に疲労するものがある。これがあと何回も続くとなると参ってしまいそうになる。どうにかして、疲れずに終わらせることができないものだろうか。
「マーティン卿はどんな方なんですか?」
リニアさんは少し悩んで、
「ご説明が難しいですが、お会いになればわかると思います。」
「わかりました、ありがとうございます。」
説明が難しいとはどんな人物だろうか。モーリス卿のようにまた、かなり厄介な相手なのだろうか。気が重くなる。
しかし、会ってみてその不安は一気に消し飛んだ。
「やあ、君が勇者かね。よく来てくれた。私は、モントリア伯爵家の当主マーティン・モントリアだ。以後もよろしく頼むよ。」
その言葉とともに手を差し出してきたその男は、肥え太った体に、いかにもというような服装と装飾品、ブランデーのようなものを飲みながら後ろには女性何人も付き従えている。女性たちの服は布面積が少なく、セクシーそう言って差しさわりない恰好をしていた。そして自分はふんぞり返って椅子に腰かけて、こちらを見下すような態度露骨に表現している。
なんだろうさっきまでの不安がっていた時間を返してほしい。確かにこのような人物ではリニアさんが悩み返答を濁したのも納得がゆく。物語に出てくるダメ貴族や成金の典型例ではないか。
待て待て、人は見た目によらないという言葉もある。何事も色眼鏡で見ないように心がけよう。リニアさんだって最初は軍人だとすら思わなかったじゃないか。
「お初にお目にかかります、マーティン卿。勇者としてこの国に召喚されたケンマ・アズマネと申します。」
差し出された手を握り返した。
なんとも説明できないが、凄く嫌な感触が手の中にした。今すぐにでも殴り殺してやりたい。だがまあ、それと人格は別だ。まだいいところがあるかもしれない。
「どうだ、勇者よ。私の私設兵になる気はないか。報酬も弾むし、良い女も4~5人ほどすぐに見繕うことができる。悪い話でないと思うが、どうだろうか。」
手を握りながらこんな話をするな!!何人もの人間が見ているんだぞ。理性も品性もない。
「すみません。国王陛下からもお誘いを受けているので今回はお断りさせていただきます。」
その言葉を聞くや否や、つないでいた手が一瞬にして離れて、明らかに態度が変わり、こちらへの興味がなくなったかのように感じた。
「そうかわかった。もうよい、さがれ。」
何だろうかその態度は、心底腹が立ってくる。全身全霊で殺したい気持ちを理性で何とか抑え込んでいるが、今にも限界を迎えそうになる。怒りってこんなに我慢するの大変だっけ!?
帰り際、案内してくれた侍従のひとにトイレの場所を聞き、トイレに入り、滅茶苦茶手を洗った。
屋敷を出てリニアさんを問い詰めた。
「何なんですか、あの人は!?」
「やはり、良くは映りませんでしたか。」
「はい、なんか、不潔だし、我儘な態度だし、しかもこれ見よがしに金と女性で釣ってくる。正直、あそこまで本能や自分の感情に忠実な人間始めてみましたよ。」
「有名ですからね、あの方の我儘さと欲望の強さは。」
「そんなに何ですか。」
「ええ、側室は20人以上、お子様もわかっているだけで、100人以上います。」
流石にたかだか貴族の人間がそれはやり過ぎじゃないか。子供がそんなにいたら跡目争いどころではないと思うんだが。
「そして、ことの常時は毎晩のごとく行われて、何人もの方が相手されておられ、時には全裸の側室の皆様を立たせて干渉に耽るとか。」
「何ですか、その絶倫変態性欲モンスターは!?」
なんだか自分の理解の範疇を超える生き物に出会った気分だ。
「さらにはそれらすべてが、領民含めたすべての人間の周知の事実なのです。」
「だったら先に行言ってくださいよ。」
「しかし、あれでも治世の評価は高くアリストリア領に次ぐ活気のある街なのです。」
意外過ぎる展開なんですが。
「ですから、実際どういった人物なのかケンマ様には先入観なく見ていただきたかったのです。
「何ですかそれ。」
なんだかすごく疲れて凄く落ち込んだ。
リニアさんはそんな自分を船に戻るまでなだめるのに徹してくれた。