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東国の勇者の場合13

 手が振り下ろされ始めた瞬間、もうすでに右足は地面を蹴っていた。そして振り下ろしきると同時に、線を越えて着地し即座に左足で地面を蹴り一気に間合いを詰めてゆく。

 そしてその最中に両手をできる限りリニアさんの顔の前に持っていく。そして持って行った両手でできる限り大きな音が鳴るように手をたたく。


『猫だまし』


卑怯な手として有名な技だが効果は絶大だ。相手を驚かせることによって動きを一瞬だけ封じる。そしてその間に自分の体を突撃させて、攻撃を仕掛ける。格闘技を行う者として不意打ちやだまし討ちといった手は好まないだろう。しかし組手を行うくらい好んで訓練している人間と素人が渡り合うためにはこうするほかなかった。

手をたたいた瞬間大きく甲高い音が訓練場全体に響き渡る。完璧なタイミング。この完璧な一瞬の甲高い音のおかげで訓練場にいた人間、全員が一瞬動きを止めた。後はこのまま慣性の法則に従って突撃するだけでよいそのはずだった。

そのはずだったのだ。なぜなら、今この訓練場にいる人間は動きを止めているのだ。目の前のただ一人を除いては。

 試合開始の合図からずっと見えていたのは自分の顔面を狙い撃ちして迫ってくる、振り上げられたリニアさんの右拳だった。右拳は自分の顔面を正確に捉えていた。このままでは致命傷になる。

 段々と拳が近づいてくる恐怖に冷静さを欠いてしまっていた。無意識のうちにリニアさんの攻撃を自分の腕でガードしようとしていた。

 次の瞬間、体が回転して、吹き飛ばされた。リニアさんの拳は自分の左腕に命中したようだ。何とも言い難い痛みが走っている。ワンチャン折れたかもしれない。

 だがそれと同時に奇妙な違和感も生まれた。時間に立った数秒のリニアさんとのやり取りの中に生まれた違和感。それが自分の勝利の唯一の道筋になるかもしれない、そう信じるしかない道だった。

「勇者殿、大丈夫ですか。降参しますか。」

審判の声が耳に入ってきた。確かに、左腕が今折れている可能性がある。自分の体の事を考えるのであれば、今ここで降参して試合を終わらせるべきだろう。

 でも試したいことを思いついてしまった。今すぐ試したい。もし負ければ怪我の度合いでもう左腕ましてやほかの部位も使いもにならなくなるかもしれない。

「大丈夫です。まだやれます。」

そういって立ち上がった。

体が壊れる。そんなのどうだっていい。左腕が使い物にならなくなるんだったとしても、試したい。だったら試すまで。

 そんな自分の背中を後押しするかのように、左腕の痛みが少しずつ引いてきた。アドレナリンが大量に出ているせいだろう。

 だったら今のうちに、痛みを忘れている今のうちに。そう思ってまたリニアさんの方へと飛び込んでゆく。リニアさんはまた同じように自分の動きに合わせ顔面目掛けて右拳を振り上げた。

 今度は笑顔だ。その笑顔が余計に恐怖心を誘ってくる。

 だがこっちももう止まれない。

そしてこの瞬間自分が信じた勝利への道は確実なものとなった。さっきの一瞬で感じた違和感の正体。それは、自分自身の異常なまでの動体視力と思考速度の加速。

リニアさんとのほんの数秒間のやり取りをさっきは1分以上の長いやり取りに感じられた。それと同時に景色がスローモーションになってゆく。まるで無理やり時間を引き延ばしたかのように。

スローモーションの世界の中で、自分だけが通常の思考速度で動いているかのようにさっかくする。そんな風に思考を加速させて動くことができる。そして、それのおかげで、相手の動きをよく観察し、それに合わせて対処することが可能になった。

リニアさんの拳が直進して飛んでくるのであれば、横からはじく。それならば大きな力を加えることなく無力化できる。

リニアさんの拳は弾かれて空を切った。リニアさんはその瞬間何が起こったのかとわからないような表情をしたがすぐに理解して笑顔に戻った。

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