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#4 過去 sideアルフレッド

 午後7時──。

 今日も家族三人で過ごしたいというリアの希望を聞くために、仕事を早く切り上げて定時で帰ってきた。しかし、俺が家に辿り着いた時に灯りはついておらず……リアは、帰ってきていなかった。

 スマホのメッセージを見逃したかと思い確認したが、連絡の一つもなかった。

 こんな事は、今までに一度もなかった。ましてや、リアはゴンドル族。長時間外にいること自体が危険なのだ。

 それどころか、テオが約束の時間になっても現れない。


「……まさか」


 スマホのGPSアプリを起動した。

 GPSは、父が昔からリアに持たせていた。しかし、リアが思春期に入ってしばらくした頃、それを嫌がったことがあった。

 父が亡くなって、リアを見守る事が困難になり、再びGPSを持つように言った。だが、その時リアはすでに俺に不信感を抱いていたため拒否された。無理もない。


 だから俺は、リアの靴を細工して、GPSを忍ばせた。

 外で、いつ何が起きてもいいように──。


 スマホ画面に、見慣れない場所が表示される。

 この場所は……テオの大学の近くか……?


「リア……なんてことをしてくれたんだ……!」


 悲観している暇はない。

 俺が今から車を飛ばしても約2時間はかかる距離。

 その間に、リアは──。


 背筋が凍る思いだった。


 あのテオと一緒にいて(・・・・・・・・・・)無事なはずはないのだ(・・・・・・・・・・)



 テオは物心ついた頃から、俺のものをよくほしがった。


「兄さん、僕も兄さんのオモチャほしい」


 幼いテオは、無邪気にそう言った。


「え? テオは、違うものを買ってもらったじゃないか」

「やっぱり、兄さんのがいいーー!」


 幼いが故のワガママだと思い、仕方なく昔はよくオモチャを交換していた。


「兄さん、やっぱりそっちがいい」

「え? この間、交換したばかりじゃないか」

「そっちがいいの!」

「テオ、私のと交換しましょ!」

 

 困り果てていた俺を見かねたのか、リアが間に入ってくれたこともあった。


「兄さんのがいいの!」

「やれやれ……」


 これには、リアも困っていたようだ。


 中学に入った時、進学祝いに父から万年筆をもらった。

 とても書きやすく、大切にしようと思った。

 しかし──


「兄さんの万年筆、素敵だね」

「これはダメだよ。父さんからもらった、大切なものだからね」

「ちぇー」


 諦めてくれたかと思った。

 しかし、テオは黙って万年筆を持ち出し──


「ごめんなさい、兄さん……」


 しょんぼりと謝ってきたので、反省しているのかと思ったが、


「壊れちゃった……」


 と、その瞬間には笑顔になっていた。

 

「はぁ〜……」


 あまりにもひどいので、両親に相談して、同じものを買ってもらうようにした。


「兄さんのカバンがいい」

「テオ、いい加減にしてよ。同じものを買ってもらっただろう?」

「兄さんのがいいーー!」


「テオドール! なんであんたはそう、アルフレッドのものばかり欲しがるの!!」


 さすがに、母が間に入ってくれた。


「だってぇ……。兄さんが好きなもの、僕も好きになっちゃうんだもの……」


 父も母も呆れ返っていた。


 俺はその頃から、好きなものを好きと──言えなくなっていた。


 母は、その頃からテオへの態度が少しよそよそしくなった。

 会話をするのは、俺やリアとばかり──


 その光景が、テオにどう映ったかはわからない。

 だが、テオが12になった頃、事件は起きた。


 母が、階段から落ちて亡くなったのだ。


 テオと、出かけている時の出来事だった。


 うちは小高い丘の上の住宅街に家があり、駅への近道に長い階段がある。

 母とテオは、そこを通ってどこかへ出かける途中だったらしい。


 俺は、その時大学から帰る途中で、偶然にも見てしまった。

 テオが、母の背中を押したことを──


 そして、俺の方を見て言った。


「ごめんね、兄さん……」天使のような笑顔で──


「壊れちゃった」




 そう、言ったのだ。



 俺は、恐ろしくなり父に言及した。

 しかし事件は証拠不十分で事故として処理され……

 テオがお咎めを喰らうことはなかった。


 ただ、父は父でテオを気にかけてくれていたようであり──


 ある日、父は俺だけに言った。


「アルフレッド……。おまえに言われてから、私もテオドールを気にかけていたが、おまえが言っていたような素振りはない。ただ、もしおまえの言っていたことが本当なら……」


 父は、俺のこともテオのことも信じて尊重してくれていた。

 どんな可能性も切り捨てずにいてくれた。

 そんな父が、真剣な顔で真っ直ぐに言った。


「リアだけは、母さんの二の舞にするな」


「!」


「物は壊されてもなんとかなる。しかし、人の命だけはどうにもならん」


 今思えば、父は俺の気持ちに気づいていたのかもしれない。


「リアは……あの子はきっと、ゴンドル族の希望になる。今はまだゴンドル族との差別はあるが……。私は近い将来、その差別もなくなると思っている」


 父は、よくゴンドル族への差別緩和を訴えていた。

 俺は、そんな父を尊敬していた。


 リアを、テオの毒牙にかからせはしない──




 それから数年が過ぎ、俺たち家族は平穏な日々を過ごしていた。


 ある日、テオが大学進学のために家を出たいと言ってきた。

 父は、テオの前向きな進学には大賛成だった。

 内心、ホッとした。

 リアとテオが離れてくれれば、俺も無理に気を張らずに済む。


 その気の緩みが不幸を招いたのか……。

 テオが家を出た数ヶ月後、父がゴンドル族を庇っていると疑われ、逮捕された。

 リアの存在はうまく隠せたが、疑いがすぐに晴れるわけではなく……。

 父は獄中で流行病(はやりやまい)にかかり死亡した。


 感染力の強い病だったらしく、身内ですら葬儀に立ち会えたのは埋葬が済んでからだった。


 父さんが、死んだ──

 リアを庇ったせいで……逮捕され……!


 ドンッ!

 俺は、やり場のない怒りを抑えられずに壁を叩いた。


「……っ!!」


 呼吸が乱れ、胸を締め付けられる感覚だった。

 なんなんだ……この湧き出る黒い感情は……!


 リアがいなければ……


 リアがいなければ……!!


「お兄様……? 大丈夫ですか……?」


 リアは、いつも通り心配してくれただけだった。

 それなのに──


 リアの健気な瞳。


 俺は、その瞳に惑わされるように──

 今まで抑えて来た感情を、一気に爆発させた。


「お兄さ……! ん、んん!」


 リアの唇を塞ぎ、そのまま欲望に身を任せ体を重ねた。


 俺は、いつの間にか──

 憎しみを持たないと、人を愛せないようになっていた──。


 それが……最初の発作だった。

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