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#3 逃亡 sideリア

 次の週末──

 今日も講義の終わった後、ジェシーとモニカと一緒に構内を歩いていた。


「ねえ、今日こそ三人でパンケーキ行かない?」

「そうね。この間、食べ損ねちゃったし」

「あー、ごめん! 今日は、家に義弟(おとうと)が来る予定で……」


 先週、私が寂しがってしまったからか、テオがもう一度来る予定になっていた。

 あのキスのことがあってちょっと気まずいけれど、義兄を相手にしなくていいかもしれない分は心が軽かった。


義弟(おとうと)!?」


 二人が、声を揃えて驚いた。

 あ、あれ? 二人にテオの事は……話してなかったかな。


「リア、あんたあんなイケメンのお兄様がいるのに、弟までいるの!?」

「う、うん……」

「ねえ、やっぱり弟くんもイケメンなの!?」


 二人の食いつきがすごい!

 

「い、いやぁ、どうかな〜。たしかに、お兄様に似ている気はするけど……」


 私は、義兄やテオをイケメンとか、そういう目で見たことがなかった。だから、昔初めて学友に言われた時は驚いたけど……。やっぱりあの二人って、イケメンなんだ。きっと、私の知らないところですごくモテているに違いない。でも、浮いた話はまったく聞いたことがないな……。


「そりゃ、絶対イケメンだ!」

「あんた、どれだけ恵まれてるのよ!?」


 そんな話をしていると……。


「姉さーーん!」


 遠くから、テオが笑顔で手を振った。


「テオ、どうしたの!?」


「ちょっと早く着きそうだったから、ついでに迎えに来たんだ。

 車で来たから──あっ、姉さんのお友達ですか!?」


 テオが、ジェシーとモニカの姿に気がつき、にっこりと笑った。


「俺、テオドールって言います! 姉が、いつもお世話になっています!」


 と、いつもの調子で挨拶すると……。


 二人の心が、キュンと鳴った気がする。

 確かに、テオの笑顔は太陽で、子犬のような愛らしさがある。

 天然人たらしなんだよねぇ……お兄様とは真逆で。


「テオドール君、もし良かったら、みんなでパンケーキ食べに行かない?」

「あっ、それいいね。テオドール君から見たリアの話とか聞きたい!」


 ちょっ……それは恥ずかしい!

 テオから見た私って……どんななの!? 気にはなるけど!


「ごめんなさい。今日は兄弟で過ごすことになってて。兄さんも、もうすぐ帰ってくるから」

「うん、そうなの……。だから、本当〜にごめん!」


「くぅ〜っ! リアとパンケーキに行ける日は来るのか……!?」


「すみません。来週は予定ないと思うので……。その時にまた姉さんを誘ってあげてください」


 テオが笑顔を向けると、再び“キュン“と、二人の心の音が鳴った気がした。


「そうかぁ〜。仕方ないわね」

「じゃあ、またね。リア」


 ジェシーとモニカは、行ってしまった。


「じゃあ、行こうか。テオ」

「待って、姉さん」


 来客用の駐車場へ行こうとすると、テオが腕を掴んできた。


「実は、早く来たのは話があるからなんだ」

「話って?」

「ここじゃ、ちょっと……」


 テオは、人の目を気にしていた。

 結局、ひと気の少ない駐車場の隅の方へ移動した。


「テオ、どうしたの?」


 テオは、少し言いにくそうに表情を曇らせた。


「姉さん……。兄さんと、キス、してるの……?」


「えっ!? ど、どど、どうして!?」

「……してるんだ?」

「ち、ちが……っ、どうしてそんなこと訊くの? って言いたかったの!」


「間違えたのは……。間違えたのは、場所じゃなくて……兄さん、だよね……?」


 テオは、自分の唇に手を当てて言った。

 この間の──キスのことを。


「姉さんは、ウソをつくのが下手だなぁ」


 テオは、寂しそうに笑顔を作った。


「ち、違うよ、テオ! テオが思ってるようなことじゃないの! 私は……お兄様に恨まれているの。

 だから、私の嫌がることをしてくるの……」


「恨まれてる? 兄さんが、そう言ったの?」

「そうよ……。恨んで、憎んで、一生逃さないって」


 私は、静かに涙を流した。

 テオは、私の涙を拭いて手を取った。


「姉さん。俺と、一緒に逃げよう!」

「えっ!?」

「姉さんの嫌がることをしてくるんでしょ? いつから?」

「たぶん……お父様が亡くなってからだと思う」

「俺、てっきり兄さんは姉さんのこと好きなんだと思ってた。でも、そんなこと間違ってる!」

「だ……だよねー! やっぱりそうだよねー!?」


 良かった、テオは私と同じ気持ちでいてくれた。

 それだけで、心強かった。


「でも、逃げるってどうやって? それに、お兄様にバレたら……」

「俺、今日は車だし! 大丈夫、大学の友だちとよく行く秘密基地があるから、そこなら、兄さんも知らない場所だよ!」


 テオに言われても、私はまだ不安で、すぐに答えられなかった。


「姉さん、考えてる時間はないよ!」

「本当に、大丈夫かな……。バレた後が、怖い……」

「何かあったら、俺が姉さんを守るよ。兄さんからだって!」

「テオ……。わかった、行こう」


 テオに勇気づけられ、私は車に乗り込んだ。テオがいつも家に帰ってくる時に乗ってくる、真っ赤なスポーツカーのレンタル車だ。

 逃げると決めたはいいけど……。やっぱり、テオと一緒にいる、くらいは連絡しておいた方がいいだろうか……? 一応、今夜は家族三人で過ごす約束をしていたし……。

 カバンからスマホを取り出して、時間をチラリと見た。午後3時50分──。

 義兄は、まだ仕事の時間だ。


 私は、唇を引き締めて、スマホをカバンの中に戻した。


 ──お兄様なんて、私がいなくなって狼狽えればいいんだわ。




 テオの大学は家から車で2時間以上もかかる距離。私の通う大学からも同じくらいだった。

 そこを少し過ぎて、雑木林の中を進むと、いかにも何か出そうな雰囲気の館があった。


「こんなところに廃屋が……?」

「今は誰も住んでないみたいだよ。大学の友だちと、時々来てるんだ」


 テオは秘密基地と言っていたけれど、おそらく誰かの所有する空き家だろう。長く滞在はできないかもしれない。

 中に入ると、埃っぽい空気が舞った。大学の友だちと時々来ているにしては、手入れも全然されいない。


「……ねえ、勢いで来てしまったから、着替えも今晩の食料もないわ。手持ちのお金で足りるかしら……?」


 私は、ハンカチで口を押さえて、咳き込みそうになるのを堪えながら言った。


「ねぇ、姉さん」

「きゃっ!?」


 テオが、後ろから抱きついてきた。


「姉さんは、俺を選んでくれたってことだよね?」

「え? そう、ね……。テオと一緒に暮らすって決めたから……。でも、まずはここをもっとお掃除しないとね」

「姉さん……。俺は、兄さんと姉さんが大好き……」

「テオ……」


 やっぱり心苦しいのかな……。

 黙って来ちゃったんだもん……。

 私はテオに向き直り、正面からテオを慰めるように抱きしめた。


「兄さんが、好きで好きで好きで好きでたまらなくて」

「……え?」

「兄さんの好きな姉さんが、たまらなく好きで」

「テ、オ……?」


 テオの様子がおかしい。

 腰に回された腕の力が、どんどん強くなっていく。


「それをめちゃくちゃにするのが、たまらなく好き♡」


 おかしい、と思った時にはもう遅かった。

 強い力で、薄汚れたソファに押し倒された。


「テオ! テオ、やめて!!」


 逃げられない……!

 一体、どうしたの、テオ!?

 テオは、あんなに明るくて、楽しくて────


 力も、恐怖も、お兄様の比じゃない──!


「やっと、俺のものになってくれた♡」


 テオはいつもの無邪気な笑顔で、私の服を引き裂いた。


「いっ……いやああああああああああ!!!!」


 私は、義兄に求められ、


 義弟(テオ)に裏切られ、


 何を信じたらいいのかわからなくなった。


 そして。




 意識が、途切れた。

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