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わたしは― 五鈴の身体をぎゅっと抱きしめた。


「……っ!?」

「五鈴、よくがんばったね」


わたしの胸に顔を埋めるように抱き寄せられた五鈴が、驚きながら顔を上げる。


「ずっとひとりで耐えてきたんだよね。がんばったんだよ、五鈴は」

「どうして…………私、小夜に嘘をついて、騙したのに……なんで……」


なんでそんなに優しくするのか。そう言いたがっていた。


「これからはわたしが五鈴のそばにいる。この先もずっと」

「ずっとって……小夜、わかってるの……? 私、神さまだよ……寿命が尽きるまであと何十年、何百年あるかもわからないんだよ……」

「うん。それで五鈴はどうしたいの? わたしがそばにいるのは……いや?」


それでもわたしを止めようとしてくる。

五鈴は優しいから、わたしのことを心配して必死になってくれているのだろう。


何十年も何百年も気が遠くなるような時間だ。

途方もない年月を過ごす中でずっと元気でいられるのか、その保証はない。


「そんな話じゃなくてっ……小夜が辛い思いをするんだよ……? なんでそんな簡単に……」

「わたしは辛くない。何十年でも何百年でも五鈴がいるならそれでいい」

「どうしてっ、小夜はそんなにっ…………」


半分泣きながら訴えてくる五鈴。

わたしが辛い思いをするのが許せなくて、それなら自分が苦しい思いをしても構わないと思っている。


でも、それは違う。

わたしは辛くない。わたしは五鈴のそばにいたい。だって。



「だって―― 五鈴のこと、愛してるから」


五鈴の唇に、わたしの唇を重ねる。


「――っ!?」

「んっ……」


五鈴の背中に手を回し、強く引き寄せてそこを押し付ける。

何十秒にも思えるような長い口付けをする。


ゆっくりと唇を離せば、五鈴の潤んだ瞳がわたしを見つめてくる。


「もう一回言うね。わたしは五鈴のことを愛してる。ずっと五鈴のそばにいたい。――五鈴は、どう?」

「わ、私っ……本当はっ…………だめっ、だめなのにっ…………」


五鈴の優しさが本心を抑えつける。

だから、背に回した両腕に力を込める。


愛する人のそばにいたいだけ。自分で選ぶその道が辛いはずがない。

そんな思いを込めて震える身体をぎゅっと抱きしめる。


「五鈴は、どうしたい?」

「私はっ……!」


神さまだとしても、本当は一人が寂しくて辛い普通の子だから。

人の苦しみを同じように感じてしまうくらい優しい子だから。


だからこそわたしは五鈴に惹かれた。

そして、五鈴の抱えている苦しみを少しでも一緒に背負うことができたらと思う。


二人でいれば、きっと何十年でも何百年でも支え合っていける。

その気持ちは五鈴も同じだ。


「私は、小夜と一緒にいたいっ……!小夜がいなくなるのはやだっ……!」

「五鈴、ちゃんと言ってくれたね。ありがとう」

「ああっ……小夜っ、私っ……」


そう言ってから、五鈴の身体の力がどんどん抜けていく。

張り詰めていた心が長い孤独の苦しみから解放されていくようだった。


やっと五鈴の本当の気持ちに触れることができた。

それがうれしくてたまらない。


やがてわたしと視線を合わせた五鈴がおずおずと顔を寄せてきて―

今度は五鈴から唇が重ねられる。


「んむっ……んっ……!」

「ふぅっ……んんっ……」


柔らかいそこが触れ合い、五鈴への愛しさが全身を巡るような感覚。

五鈴の香りと甘い口づけの味をいっぱいに感じて、とても幸せだ。


「……っ、私も、小夜のこと愛してるっ……」

「五鈴……うれしいよ、大好き」

「わ、私も、大好きっ……」


五鈴の口から「愛してる」や「大好き」という言葉が聴けただけでときめくのに、それがわたしに向かって放たれているとなれば幸せでいっぱいだ。


「……わたしたち、同衾までしたのに、口づけは初めてだったんだね」

「うん。順番が逆だったかも……でも、こうやって小夜と口づけできて嬉しい」


今度こそ何の憂いもなく笑みを浮かべる五鈴。

その表情はすっきりとしていて、これから先のわたしたちが歩いていく道も明るいと言ってくれているみたいだった。


すっかり涙の跡も消えた五鈴がわたしの手を取った。

これ以上ないくらいの嬉しそうな笑顔で、わたしに問いかける。


「小夜、ずっと私のそばにいてくれる?」

「うん。神さまのお役目が終わる時まで、ずっと」

「……ありがとう、小夜」





それからわたしたちは片時も離れずに過ごした。

恋人になった記念日だから、神さまのお役目は休みにしても罰は当たらないだろう。


わたしのそばを少しも離れようとしない五鈴を連れて外に出て、湯浴みの準備を二人でした。

水を汲んで、火を起こして、湯をあたためる。

そのひとつひとつの動作が五鈴と一緒だと楽しくて心が満ち足りる。


湯があたたまり切るまで、海辺の腰掛けに座って海を眺めた。

わたしたち以外誰もいないことを改めて感じるけどさみしくない。

ここは二人だけの大事な場所だと思うと、とても愛おしい。


隣に座る五鈴の手にわたしの手を重ねる。

冷たい空気の中で手のひらに伝わるあたたかさがとても心地よい。


やがて日が暮れて、いつものように湯浴みして、その後は焚火にあたった。

五鈴の体温を肌で感じて、五鈴の気持ちを心で受け取る。


これからは毎日こうして過ごせる。そんな喜びを二人で確かめ合う。


夜が深くなって、焚火を消したら寝床に入る。

肩を寄せ合って― と思ったら五鈴がこちらに向き直った。


「小夜、今日はありがとう。私いま、すごく……すごく幸せだよ」

「……わたしも。五鈴のそばにいられて、こんなに幸せなことはないよ」


暗闇の中でも五鈴が笑みを浮かべていることはわかる。


「私……ずっと一人が寂しかったんだと思う。神さまのお役目に打ち込むことでそれを誤魔化してた。でも、本当はそばにいてくれる人を求めてた」

「五鈴……」

「そうしたら、小夜が来てくれた。とても優しくて、可愛らしくて、でも強いひと。私のこれからの道を一緒に歩んでほしいひとに、出会えてよかった」


五鈴の手がわたしの手を握る。

いつかわたしを助けてくれたあの時と同じ。あたたかくてやさしい手のひら。


わたしもそれを握り返す。


「小夜は私の願いそのものなんだよ、だから」


五鈴の声がわたしの心にすっと染みわたってくる。


「私の願いごと、叶えてくれてありがとう。小夜、大好きだよ」

「うん。わたしも大好き、五鈴」


五鈴の気持ちをまっすぐ受け取って、わたしの気持ちもまっすぐに伝えて。

それ以上の言葉はなくても満ち足りて、わたしたちは静かに手を繋いで過ごす。


やがて聞こえてくる小さな寝息。

暗闇に慣れた目は五鈴の表情を見て取ることができた。


―とてもうれしそうにほころんだ笑みを浮かべて、五鈴はすぅすぅと眠っている。

それを見届けてわたしも目を閉じる。


明日もその先もずっと五鈴のそばにいられる。

その幸せを噛みしめて、わたしは眠りについた。

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