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五鈴が元気になった。

互いの秘密を告白し合ったあの日から、わたしたちの関係は一歩進んだ。


寄り添って眠ったり、一緒に湯浴みするのはもちろん、わたしが五鈴のお役目を手伝うようになった。といっても代わりに判断を下すことはできないから、わたしの立場はあくまで補佐だ。


たくさんの人の生涯を読んできた五鈴でも、どうすればいいか迷ってしまうことがある。

そんな時、わたしも同じ書を読んで意見を交わす。


死んだ人の魂の行く先を定める大事な役目。

その重みをずっと一人で背負ってきた五鈴だけど、今はわたしも少しだけ手伝える。その人の犯した罪の重さと、行ってきた善行の意義を考えて、咀嚼して、言葉にして互いに伝え合って、一緒に決める。




今日二人で話し合ったのは南方の地域で郡を治めていた役人の生涯だ。


その役人は住人たちに対してたいへん厳しく、納めさせる税が重かった。たくさんの米を貢がせ、布や革を大量に作らせ、辺境での労役に駆り出す人数も多かった。

この人の下で暮らしていた住人たちはさぞ大変な思いをしたことだろう。


けれどもその役人は納めさせた税で浪費も贅沢もしなかった。

度々やってくる更に南方からの異民族の襲撃を何度も返り討ちにし、その度に備えを固くする。納めさせた税で貢物をして、より偉い役人の目に掛けてもらい、その恩寵で防衛の戦力を増やしていく。


そうやって人々の生活を守り続けてきたのだ。


五鈴もわたしも処遇を悩んだ。

住人たちを苦しめたのは事実だが、その生活を支えたのもまた事実だ。


たくさん話し合って、結局苦しみは与えないことにした。

自身の使命に向き合い、それを全うした人に罰を与えることはできなかった。





そして夜、焚火にあたりながら今日のことを二人で語らうのが日課になった。

今晩も湯浴みを終えて、家に戻れば囲炉裏の側に腰を下ろす。


「五鈴、今日もおつかれさま」

「うん。小夜も色々手伝ってくれてありがとう」


寝間着の襦袢を羽織った五鈴が、焚火に手を当てながら返してくる。


「今日の人は難しい話だったね、あの役人の」

「そう思う。私も小夜も答えは同じだったけど、一人で決めていたらまた後から悩んでいたと思う。小夜がいてくれてよかった」


そう語る五鈴は憑き物が落ちたように穏やかな表情をしていた。

もうこれ以上五鈴には辛い思いをしてほしくなくて、こんな日々をずっと続けていければいいな、と思う。


唐突に、火の近くに寄せて温めた手のひらで、五鈴がわたしの手を握ってくる。

じんわりと柔らかい熱が皮膚を温めていく。


「五鈴の手はあたたかいね。あの時のことを思い出す」

「あの時?」

「五鈴がわたしを助けてくれた時のこと。雪の中で寒くて、死んでしまうんじゃないかと思ってた」


海辺に倒れて、冷え切ったわたしの手を五鈴は握ってくれた。今でも覚えている。

そのためだろうか。わたしは五鈴と手を繋ぐことにひどく喜びを感じるらしい。


「小夜の手は小さくてやわらかい。握っていると優しい気持ちになる」

「そう、かな……でも五鈴がそう思ってくれるならうれしい」

「うん。神さまの私が言うんだから、本当だよ」


またそうやって……五鈴はずるい。でもうれしい。けどやっぱりずるい。


「五鈴はそうやって神さまのことを持ち出してくる……ずるい」

「うん、私の特権だからね」

「わたしだって五鈴のこと褒めたいのに、神さまを引き合いにされたら勝てないよ」


神さまよりもすごいもので五鈴を褒めたい。

そうだ、また頭も撫でたいな。照れてる五鈴を見てみたい。


けど今はできそうもないから、代わりに髪を整えてみようかな、と思う。

五鈴の後ろで膝立ちになって、湯浴みのあとでまだ湿気を含んだままの黒髪に指を通す。

長い髪を後ろで束ねて背中へ流すと、綺麗に揃ってくれる。


「小夜、いつもありがとう。小夜に髪を整えてもらうの好きだよ」

「どういたしまして。わたしも好きだよ、こうしてるとうれしくなる」


わたしの人生で他人との関わりというものは希薄だった。

誰かに何かをしてもらうことも、誰かに何かをしてあげることも、まるでなかった。


今こうやって五鈴のお世話して、五鈴にやさしくしてもらって、それだけで満ち足りる。


「小夜は毎日お世話してくれるけど、大変だと思ったりしない?」

「ぜんぜん。五鈴がよろこんでくれるなら少しも大変じゃないよ」

「それならよかった……そういえば小夜、私にお仕えするって言ってくれたよね」


ふと思い出したように五鈴がそう言う。

こちらを振り返って、うれしそうな笑顔で見つめ返してくる。


「これからも私に仕えてくれるのかな」

「もちろん。こんなに立派な神さまにお仕えできてうれしい」


そう言って二人で微笑み合う。

囲炉裏で燃える火が空気をあたたかくしていくように、わたしの心も― いや、わたしたちの心もあたたかく満たされていく。


やがて二人で一緒にあくびをして、それから寝床にもぐる。

今日はなんだかすぐに眠るのがもったいなくて、五鈴の方を向いた。

五鈴も同じ気持ちだったようでもぞもぞと身体を動かしていた。


「五鈴、今日はめずらしいね。わたしの方に寄ってくるなんて」

「……うん、どうしてかな。小夜の顔が見たくなって」


明かりを消したからわたしには見えないけれど、五鈴にはちゃんと見えてるのかな。

神さまだから目もいいのかも。


「小夜は……私のこと、怖くなかったの」

「怖い……?」

「私が小夜を助けた時のこと。目覚めたら知らない人がいて、二人きりって言われて怖くなかったの」


唐突に尋ねられる。

暗くて五鈴の表情がよく見えない。


「しかも自分のことを神さまなんて言い出すんだよ、私だったら……怖い」


声が萎んでいく。急にどうしたんだろう。


「わたしは……怖くはなかったよ。助けてくれた人だし、元気になるまで看病もしてくれた」

「だから、怖くなかったの?」

「うん。……五鈴こそ、急にどうしたの。心配になるよ」

「そうだね、気にしないで。小夜の話を聞いてみたかっただけ」


そうなのか。確かに五鈴はわたしのことをもっと知りたいようだった。

たくさん言葉を交わしているけど、知らないことだってまだまだある。


そんなふうに考え事をしていたら、不意に五鈴に抱きしめられた。

その腕のあたたかさにふっと心が軽くなって、それからあくびも出る。


「五鈴、今日はこのまま眠ってもいいかな」

「いいよ。ずっとこうしてる」

「ありがとう……もう、ねむくて……ふあぁぁ……」


眠気が考え事に勝った。

自分でもわかるくらい瞼が重くて、あっという間に眠りの世界へ誘われる。


五鈴の体温を感じて、これ以上ないくらい幸せな時間。


だけど、浮かれていたわたしは気付けなかった。

わたしを抱きしめる五鈴の腕がわずかに震えていたことに。






腕の中で眠ってしまった小夜を眺める。

とても優しくて、可愛らしくて、でも強い心を持っているひと。


今日もまた小夜に縋ってしまった。心配もされた。

こんなことを続けていたらいつか勘付かれてしまう。


そう思うと、私の役目のことを小夜に教えてしまったのは失敗だったかもしれない。

ついてしまった嘘がまた少し深くなる。歪んでいく。


でも、そうしないと私の嘘がばれてしまう。

でも、このままでは私はずっと苦しいだけ。


どうすればいいんだろう。最初から全部間違っていたのかな。


だって小夜は、本当はもう―

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