8
異世界。
令和の日本とはまるきり異質の幻想世界。されど現実世界。
死んだはずの佐藤は、そこに立っていた。女神が語りかける。
「あなたに強力なスキルを授けましょう」
「いりませんよ、女神さま」
痺れた。
痺れに痺れた。
それでこそ佐藤。それでこそ勇者。それでこそ元好敵手。
勇者はスキルなどなくても勇者なのだ。佐藤はスキルなどなくても佐藤なのだ。
手を握った。高校生の手、されどいずれは勇者とならん手。
いや、既に彼は勇者であった。女神にとって、確かに勇者であったのだ。
スキルを持たぬ佐藤は突き進んだ。一直線、魔王城へ。
無論、一筋縄ではいかぬ、だが構わない。一筋でいかぬなら二筋、三筋と縄を増やせばよいだけだ。
時に傷つき、時に悩み、それでも着実に仲間を増やして、佐藤は進む。勇者への道を。
敵は魔物だけではない。時には人すら立ちはだかった。
政治的思惑にも巻き込まれた。権力者にも利用された。時には刃を向けられた。
その度、彼は言うのだ。あの文言を。爽やかな顔で。
「問題ありませんよ、みなさん」
佐藤の前に、問題なし。
味方も敵も、彼の虜となっていく。
女神は、少し寂しい気持ちになっていた。
私だけが知っていた佐藤だったのに、と。
彼女の些細な、可愛らしいわがままであった――。