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先の失敗で、女神は考えを改めた。
佐藤の圧倒的フィジカルを前に逃げ出した自身を、恥じていたのだ。
彼を葬るには、その強靭な肉体を砕いてこそでなければならぬ、そうでなければやりがいがない。
かくしてある方法を考えた。
現代日本から異世界への転生が可能であれば、その逆もまた然り。
そう、異世界から凶悪な魔物を転生させるのだ。
凶悪な魔物とは――黒龍。
通学中の佐藤の前に、黒き巨体が現れる。あまりに邪悪なその表情。
流石の佐藤も、突然の出来事に震えた。あの佐藤が、震えたのだ。
しかし女神は見抜いていた。この震えは、武者震い――。
獰猛な爪で切り裂かれる佐藤。肉が裂け、血塗れになる。
凶悪な歯で噛み砕かれる佐藤。骨が軋み、うめき声をあげる。
灼熱の炎で炙り焼かれる佐藤。臓腑が爛れ、白目をむく。
なんのスキルもない高校生が、勝てる訳がなかった。
しかし佐藤は、生きている。
確かに勝てぬ、しかし負けもせぬ。
黒龍が動揺した。こいつは何者なのだ、と。
「問題ありませんよ、コドモオオトカゲさん」
佐藤は二重に間違っていた。
眼前にいるはコドモオオトカゲではなく、黒龍である。
そして正式にはコドモオオトカゲではなく、コモドオオトカゲである。
真の勇者は、天然のユーモアすら発揮するのだ。
その優しい声音に、黒龍の目が、少しだけ優しくなった。
他者を屠るだけが魔物ではない。全ての生き物に善性があるのだ、そう思い知らせてくれる目であった。
かくして黒龍は飛び去る。度重なる女神の敗北。
負ける度に、女神の胸は高揚する。次こそは、次こそは。
しかし、時間がなくなっていた。
世界の滅亡が、近かった。
女神は、選択を迫られる――。