第78話 お前達はもう満足したのか?
以前から何度も語っている通り、司令官としても有能な存在である彼女。その力をこの場面でも如何なく発揮しようというのだろうか。
よってこの見えない伝令は、黒き竜牙の一番槍であるアズールだけでなく、空で戦うヴァイロ陣営全てに、無線のように伝達してゆく。
―良いか、アズールだけじゃない。今、私はそこにいるニイナからの情報で誰よりもお前達が見えている。
―そして奴に接触を気づかれない内に、まずはアレを殲滅する。
元エディウスと言って差し支えないトリルから聞いた話によれば、自分を支配したマーダという意識は、トリルが持っていた右半身の不死鳥はおろか、接触すら使えなかったという。
よってこの見えざる声そのものには気付かないであろうが、かと言ってやり切れると思うのは迂闊過ぎる。
―ま、待ってくれ。お、俺達側の声は……っ!
―気づいたようだな。それもニイナが風の精霊術『言の葉』を使うから問題ない
此方の意志もシアン側に伝わらないと難しいのでは? そう感じたヴァイロ。
だがそんな下準備すらせずにこんな作戦に討って出る程、シアンという女は馬鹿じゃないと容易に想像出来た。
そして既に伝達方法は、知らない間に確立されていた。
―向こうがゼロ詠唱で魔法を使うのなら此方も極力発声を封じて戦う。魔法詠唱時には、口の動きだけで唱えるのだ。
―お前達の頭脳を私に預けてくれ。私さえバレなければ、君達の行動を先読みされようとも関係ない。
―ミリア、君は流石にベスクタグナを使い過ぎだ。
―ヴァイロ、ミリアの魔法力が切れる寸前だ。これからはお前がミリアに新月の守りをかけてやるんだ。
―なぁに、可愛い弟子にも出来たのだ。お前に出来ない道理はないだろ?
―残りの魔法力……恐らく絶対零度の秘術を使っただけのヴァイロが一番残っている。次がアズール、私の見立てではこうだ。
矢継ぎ早に次々と相手の答えすら待たずに伝令を始めるシアン。修道騎士レイシャ達との死闘が終わったばかりだというのに、その頭のキレの良さは相変わらず盤石だ。
―そしてリンネとノヴァン、もう出し惜しみはナシだ。特にリンネはまやかしの術だけではないという所を存分に奮ってくれ。
―な、何故それを!?
―それはこの地獄が終わった時、互いに生きていれば話そう。
ノヴァンにしてみれば、これまで自分は、シグノに勝っていたのが明白だった。こんな状況でなければ、本気を出す必要を感じてなかっただけなので何の感傷もない。
なれどリンネの方は話が別だ。当人ですら実戦で試していないことを何故他人が知っているのだろう。
「ようっ、美人の姉ちゃん。俺様は、どうすれば都合が良いんだ?」
此処で全く空気を読まないレアットが、普通に声を出して質問する。声量にいつもの勢いがないのが、一応気を使っているつもりなのだろう。
―フフッ……。君が人の言う事を聞くタマなのか? ………そうだな。強いて言うなら、アズールの攻撃先に酸素を撒いてくれ。後は思うがまま暴れるがいい。
「流石、話が早いぜッ! よっしゃ、任せなッ!」
勢い良く返答すると、早速自分の巨大剣の周囲に嵐を起こし、酸素濃度を濃くしたのちにマッチで点火。エディウスではなく、シグノの魂を獲りに空を駆ける。
シアンにしてみれば、レアットはこれが最適解だと認識している。彼が一人目立った行動を取れば、シグノ達はおろかエディウスでさえ、見逃すことは出来やしない。
後はその裏で、ヴァイロは言われた通りにベスタクガナをミリアに使う。ミリアはこれまで通り、最前線で攻守を張らせてやる。
魔法力の残量だけでなく、体力も気掛かりではあるが、彼女の突貫力は捨てがたいし、何しろ相手の見た目が、片思いされたアギドでなくなった。
これで心置きなく攻撃に専念出来ることだろう。
さらにアズールが、攻撃力強化の重ね掛けを各自に行う。
ヴァイロの方は紅色の蜃気楼によって赤い霧となってから、効力が切れる前に飛んでいる連中へ重力の解放を付与し直してゆく。
この辺りの動きは、司令官に言われるまでもなく、各自勝手にやっている。つい先程、アズールの最大魔法が、止められたばかりだ。
よって魔法より物理攻撃を底上げするのが先決だと経験値《絶望》から理解していた。
◇
「レイシャ殿、後生だからやはりその腕を治癒しては貰えないか? レイジ殿もだ」
今度は地上にいる周囲の連中へ肉声を届けるシアン。ワザと敬称《殿》を付けているのは、相手に対する敬いの気持ちより、どちらかと言う煽りの成分量の方が大きい。
「何? 一体どうしたって言うのさ?」
「もう………。疲れたから勘弁して下さいよ」
「では逆に問いたい。アレを見てもなお、お前達はもう満足したのか?」
あえて疑問符を提示するレイシャ。もう無理だとアピールするレイジ。姉弟共に相手が言いたいことは判っている。
それだけポツリとシアンは言ってから、後は憎悪でも悲哀でもない顔《色》で、視線を逸らさず二人を見ている。
もういっその事「いけっ! やれっ!」と言ってくれた方が良い無言の圧力。
「ハァ……判った……判りましたよ。………確かにアンタの言う通りだわ。あんな物をのさばらせていたら、修道騎士の名がすたる」
「ええ……。僕もう嫌だよ。あんな化け物ですらないものを相手にすんの」
大きく溜息を吐いてから、レイシャは肩を竦める。一方、未だに嫌がるレイジだが実の所、怪我さえ治せばまだ余力はある。
何せ彼は、シアン達との戦いにおいて心之剣を使ったに過ぎないのだ。
「やれやれ……。私だってこれで出番が終わりじゃ流石に寂しくてよ。ただ自分の翼がもうないのだけど、有能かつ用意周到なシアン殿のことだからあるのよね?」
大きな尻を叩いて埃を落とし、立ち上がるのは、賢士ルオラだ。ミリアによって心之剣というか、心そのものを折られて気絶した彼女だが、退場したのが早過ぎたので、やはり魔法力も体力も気力すらも余っている。
「勿論だルオラ殿。ニイナが風の精霊を此方迄飛ばしてある。君等の背中には、既に自由の翼が生えているよ。初めてだろうが、使いこなせる……であろう?」
「全く……。まるで最初からこうなる事を予見してたみたいじゃない。シアン・ノイン・ロッソ、貴女が闇と白の神よりも、余程神様に見えて来たわ」
ルオラは呆れ顔でシアンのことをそう評した。そうでもなければ、説明がつかない。
シアンから別の何かに騎乗しない初の空中戦でもやれるよな? そう煽られている訳だが、そんな事はどうでも良かった。
「わ、私もこのまま引き下がっては、この戦争で逝ってしまった他の司祭達に顔向けが出来ませんっ!」
誰も話題に挙げてないのに一人勝手に誓いを立てる最高司祭グラリトオーレ。レイシャ達に頼まれる前に生命之泉の準備に入る。
「そ、そのお話……。私達も当然入っていますよね」
そこへ恐る恐るといった様子で声を掛ける二人。心優しき真の女神と、最早その神の使いと言っても差支えのない美しきハーピー、ルチエノであった。




