第75話 人と人の意志が一つに繋がるよう
マーダ……と言うよりもエディウスからアギドに姿を変えていた存在が、またもエディウスとして還って来た。
その有り得ない事態の下では、シアンとトリルの互いに精力を失った感の静かな声が聞こえてくる。有り得なかった筈の再会について語り合うだと思われていた。
特に周囲にいる中でも、トリル=エディウスだと信じていた連中は、敵側の主力と思しき紫髪の女戦士と姉妹としての会話を始めたことが、余りにも唐突すぎて面食らっている。
エターナとルチエノに関しては、ある程度事情を知っているのでそれほどではないが、死んだと言われていたトリルが生きていたことに関しては、此方も動揺している。
「わ、渡すもの……。トリル、お前にまだそんな悪しき力が残っていたとは……」
「悪しきだなんて……。力なんてものは体現する者によってその正邪が別れるもの。それはライラ姉さんが一番良く知っているでしょう?」
周囲の驚きなどまるで結界でも張っているのかように気にしない二人《姉妹》。その《《悪しき》》にウンザリしているシアンの声に張りがなくなり、今にも事切れそうだったトリルの方が、声に艶が出始めている。
もっとも線香花火が落ち逝く最期の前に魅せる美しくも儚き抵抗のようなものに違いない。
―姉さん、貴女がこの力を忌み嫌うのは判るよ……。
―と、トリル!?
不意にトリルは接触を使って姉に語りかける。元エディウス軍の連中に知られてはならぬ話をする訳ではない。
ただただ幼い姉妹が大したことでもないのにコソコソ内緒話をしたくなる。命果てる前に、大好きな姉とそんな子供じみたことをしたかっただけだ。
でも……大事な話であることは確かなようだ。
―私はね、不死鳥の実験台にされた時、殆ど死にかけていた。
―勿論知っている。せめて死ぬ前にと、不死鳥の半身を私に託して。だがどうやって生き延びた?
―もう判っているんでしょ? ウフフッ……姉さんはいつもそう。
真面目を絵に描いたような顔でライラは訊ねる。それを見たトリルは穏やかに、そして楽しそうに微笑む。
―マーダ……あの人に身体も意識も乗っ取られたから、私は彼の中で魂を残すことが出来たの。身体こそ散った桜の花のようになっても、魂だけで生きていられる。身体の方は……ホラッ、あの人。
―やはりそういう事か。アレは一体何なのだ?
―それは私にも良く判らない。ただ200年前、最初に創造された彼は、傀儡《人形》のようなものに意識だけを植え付けただけの存在だったらしいわ。
―人形に意識を植え付ける!? 確かこの世が西暦と呼ばれた時代、ろぼっとという傀儡に人間が作った知能を入れるやり方があったとか?
姉の博識ぶりにウンッと頷いたかと思いきや、―でもちょっと違うみたい。と首を振るをトリルである。
―私もそちらの知識はまるでないのよ。ただ姉さんも知っての通り、知能というより《《知性》》……彼には自分の意志があるの。それをこれまで幾度も他人の身体に植え付けて、見せかけの《《永遠》》を生き抜いてきたようね……。
此処まで明るく語っていたトリルに雲がのしかかる。エドル神殿の探求する不死鳥とて、言葉通りに|永遠を目指す所《有り得ないものを欲する》では一致していた。
―とにかく私はある意味有り得ない存在に御礼を言わなきゃいけない。
またもすっきりした顔に戻って笑顔になるトリル。作り笑いでも皮肉でもない。それを面白くないといった表情で返す真面目な姉である。
―それでもあの存在はこの世間に残しちゃいけない存在じゃないのか?
―うーん……。確かに彼がやって来た事を褒め称えるのは違うと思う。でも、人の創りしものなのだとしたら、これも進化の過程の枝分かれの一つじゃないかって……。
―かと言ってだな………。
―でもね、彼って出来損ないなの。私を取り込んだのに不死鳥はおろか、エドルの力を何一つ継承出来なかったのよ。エディウスとしての彼は、竜之牙を使いこなすだけで終わったわ。
シアンは妹の真意がいよいよ測れなくなってきた。
―結局の所、お前は私にどうして欲しいのだ?
―あら、それはライラ姉さま、貴女が決めることだわ。他人が……例え血縁が何と言おうが傭兵シアン・ノイン・ロッソには、守るべき者の為に戦うという鉄の掟がある筈……そうでしょ?
憮然とする姉をあえて傭兵の名で呼んで煽りを入れる。もう返す言葉を見失ったシアンである。
「ふぅ………判った判った、もう無駄話は終わりにしよう」
「だね、では………始めますか」
トリルの姉ライラからシアンに戻った彼女は、接触による発言を止め、本来の肉声に戻して深い溜息を吐いた。この深い息は、マーダという存在の考察をトリルから聞いた事で思わず吐いたという訳でない。
これから自分が最も嫌悪しているあの力に結局頼ることに落胆しているのだ。
しかしもう他に選択肢はない。トリルの方は、初めからそのつもりなので落ち着いた笑顔を姉に寄越して来る。さらに両目を閉じて両手を腰の辺りまで上げて、無言の要求をする。
流石にシアンもこれに呼応し、トリルと向かい合ってその手を握り返した。
「「『接続』」」
一体何時ぶりか判らない姉妹の声が重なり響き合う。大きな声でこそないが、何か途方もないことが起きることを周囲の連中も感じ取った。
ライラ《シアン》とトリル、互いの意識から緑色の光の帯が伸び始め、己を抜け出して、相手の帯と絡み合う。
「き、綺麗………」
「な、なんて荘厳なのでしょう………。まるで人と人の意志が一つに繋がるようです」
その美しさに見ている多くの者が声を失う。エターナが目をキラキラさせながら真っ直ぐな感想を漏らし、ハーピーのルチエノが語った言葉こそが、実はこの接続の本質なのだ。
互いの心を繋げ、相手に自分の能力を渡すことが出来るのが接続の正体。
トリルの側から光の帯の上を真っ赤に燃えさかる歪な鳥が向かって往くのが確かに見える。もう語るまでもないだろうが、それはトリルが持つ右半身の不死鳥であった。




