第71話 そんな穢れた首は不要だ
不死鳥をその身に取り込み、赤々と燃ゆる翼で獲物を狙う猛禽類のように鋭い動きでシアンが、レイシャを迫りに征く。
強者と認めたシアン・ノイン・ロッソの最強形態にあえて挑む事を選択した修道騎士レイシャ。
それはシアンとて同じ心境。新月の効果で最大値を発揮しているレイシャに本気でやり合う礼儀。
刹那の内に互いが命を散らすやも知れぬ刃渡りの緊張感。だが同時に高揚感が魂を滾らせる感じが心地良い。
シアンはエディウス……トリル相手にも使った槍の柄に幾重にも取り付いたナイフを刃とした状態の剣を、相手に突き出した状態で飛び掛かる。
貫いた………かに思えたが、剣と剣が激しくぶつかり合う音と、それが起こす火花、さらに自らを燃える存在としたシアンから、まるで鳥の羽根が散ったような炎が闇に映える。
「ぬっ!? 二刀の間隙を縫った筈? ま、まさかその二刀の残像が実体化!?」
「フフッ………新月流『蜻蛉』実体剣と同様……いや、それすら凌ぐつもりでやらないとこれは貫けなくてよっ!」
レイシャが黒い二刀を微動させた分、闇夜のすら超える黒いものが付いて来る。これを盾のように扱ってシアン全力の突貫を防いだのだ。
「やるッ! しかし不死鳥は、剣だけに非ずッ!」
次に剣を左下段からカチ上げるシアン。荷重を載せた全力の突きですら受けたレイシャである。右手の刃だけで難なくいなす。
そのぶつかり合った反動を活かし、右上段の回し蹴りに切り替えるシアン。さりとてレイシャは二刀流。
左上段へ既に構えた二刀目が、手ぐすね引いて待っている。例え強化したシアンの肉体の蹴りと言えど、これと正面衝突すれば無事では済まない。
「グッ!?」
燃え滾る何かに後頭部をはたかれて狼狽えるレイシャ。当たる筈がない上に明らかに足じゃない感触。
「そ、そうか翼で……ッ!」
蹴りもフェイント。全身にさらなる捻りを加え、右の翼により相手を叩いたのだ。
ダメージこそ大したことはないが、一瞬怯んでしまったレイシャ。
そこを見逃す程シアンは甘くない。剣に貼り付いたナイフを二本分離させて、レイシャの足元を襲わせる。
「姉さんをやらせはしないと言っているッ!」
そこへ心之剣を精一杯伸ばし介入しようとする賢士レイジであったが、音速すら超えたと思わせる速度で、別方向から飛んで来たナイフに両手を貫かれる。
「は、速いッ!?」
「もう……シアンの邪魔はさせない……」
相も変わらず余計な発言はしないハイエルフ、レイチが投じたのだ。風の精霊王ジンの化身のような疾風の動き。
レイジとて気持ちだけは折れない。両手を血で染めながらも必死で心之剣を維持して抵抗する姿勢を崩そうとはしない。
だが疾風怒濤の動きそのままに、まるで投げたナイフを追従した程の勢いで、レイジに詰め寄ると穢れを知らない首筋に冷たい刃を薄皮が斬れんばかりに突き付けた。
「………また首か。徹底しているねえ…そんな可愛い顔で睨まないでおくれよ。もう何もしないから」
「………」
おどけながら抵抗を諦めたことをアピールするレイジであったが、レイチは冷たい顔を決して緩めようとしない。
しかしこのレイジの介入によって姉レイシャは、崩された体勢を取り戻したかに見えた。
「なっ!?」
ほぼゼロ距離でシアンの熱さを感じていたレイシャであったが、相手は忽然と気配を消した
「下ッ!」
そう彼女が判断するが時既に遅し…。確かに真下に移動したシアンが、炎を伴った突きを二連撃。
稲妻の如きその速さは、レイシャの目を以ってしても1回に映る。肘下から両腕を切断した。
「どうしたっ? 早くトドメを刺して……」
「………勝敗は決した。命を取らないことを恥辱だと思うのならば済まない。だが私とて時間切れだ」
両腕の流血をまるで素知らぬ顔で、レイシャは自分の首級を取ることを要求する。
シアンは薪を失った焚き火のようにその活動を停止してナイフと槍をホルダーに戻すと、レイシャの上腕部を自分のマントを破って作ったものできつく縛り上げる。
「私は必ず生き延びる……。そして再びお前達の命を狙うかも知れないのに?」
「戦の女神の誇り高き修道騎士、レイシャ・グエディエルがそんなことをするとは思えない」
レイシャの問いに静かに首を振ってからシアンは応答する。
「だが、もし私の大事な連中の寝首を再び斯こうとするものなら、そんな穢れた首は不要だ……」
「……覚えておくよ」
レイシャは理解した。この宿敵は決して自分へトドメをさせない程に力を消耗した訳ではないことを。
さらにあくまでも自分等に敬意を払い、これからも首が欲しいと思える人間で有り続けて欲しいという想い、願いがあるのだ。
好敵手であった彼女等は、もう踵を返して仲間達の戦場に飛んでゆく。
「負けましたね……レイシャ姉さん」
「そうだな……。悔しいよ……」
遠ざかってゆくシアン達の背中を見ながら語るグエディエル姉弟。
悔しいなと言うその顔には、まるで大切な友人を見送る清々しさが溢れていた。
◇
マーダの中で未だ健在であるアギドの思念体。けれど彼の焦りは頂点に達していた。
―も、もう此奴が俺の身体と能力を完全に支配するのに一刻の猶予もないっ! い、先読みの能力を自在に使われては成す術がないと言うのにっ!
アギドは自身の意識が薄れてゆくのを実感している。自分が周囲の意識を取り込み続ける事で、それらを処理し切れないマーダを道連れにする。
意識だけの存在という何とも掴み処のないこの者を倒すにはこの方法しかない。そう信じて疑っていなかった。
けれど実際には自分の意識を切り離され、アギドの姿という存在だけをチラつかせる事で攻撃的な意識を削がせ、カネランを亡き者とする原因の一翼すら担ってしまった。
自分の認識の甘さが、仲間達の足を引っ張り窮地に追い込もうとしている。
策士策に溺れることなぞ、この小賢しい少年に取って、決して容認出来る事態ではないのだ。
―クッソオォォォォォッ!!
もうヤケの塊と化したアギド。決して誰も届くことのない怒りを爆発させた。
「ミリアッ! リンネッ! アズッ! ノヴァンッ!」
「そ、その叫びはまさかっ!?」
「そしてヴァイィィィィッ! お、俺を、この俺を殺してくれえぇぇッ!!」
―自分を殺せっ! 躊躇うことなく徹底的にっ!
彼の思念がもう権限を失った筈の自分の口を動かした。
これはさっきのマーダがやった猿真似では決してない。招集された連中は確信に至る。
だが先程、過ちとはいえ仲間をその手にかけたばかりだ。
誰かが殺らねばならない……されど身体が動こうしない……。そんないかようにもならない焦燥、憤慨、絶望が渦巻く。
そんな最中、マーダが竜巻と炎を纏った巨大な剣二本に、突如襲われた。
「ぐぅっ! 愚者である貴様が盾突くのかぁ!」
「アギド先輩ッ! 何でぇひでぇなッ! この俺様、レアット・アルベェラータを呼んでくれよッ!」
マーダの竜之牙と斬り結びながら破顔するレアットであった。




