第68話 新月流の神髄を魅せてやる
「エディーは生きている。私はそれだけで戦える」
そこまで言い切った修道騎士レイシャの想い。これにシアンは、心を打たれてしまった。
冷静に戦局を見て、最後まで生き残るといった傭兵シアンにおける鉄の掟。
”幾ら積まれようともこれは生きるための仕事。仕事で死ぬのは愚の骨頂”
このルールが……この枷が……シアンは、これを虚しく感じてしまったのだ。
「どうしたっ!? シアン・ノイン・ロッソ?」
「…………………」
豪雨のごとく激しかった打ち込みを、突然シアンは止めてしまう。目の前でダラリッと両腕を下げ、構える事すらしていない。
そこに斬り込んで来るほど、レイシャは無慈悲でもなければ、礼節を知らぬ愚か者でもない。自らも手を止めて相手の出方をジッと伺う。
シアンは、何も発せずじっと黙って不動のままだ。
だが代わりにハイエルフのレイチが怒涛の動きでそれに応じる。勇気の精霊と、アズールが付与した攻撃力強化を全力稼働させレイシャに向けて強襲をかける。
何もない筈の空を騎馬の如く蹴り、飛びかかるその様は、彼自身が巨大な剣といった様相だ。
ここまで徹底して賢士レイジの首をだけを狙って、狂人のように二刀のナイフを奮っていたレイチ。
不意に攻撃を止めて無言になったシアンだが、実は接触を使い、ニイナに合図を送り、ニイナの方は風の精霊術である言の葉を使い、レイチに伝令したのだ。
その内容は「今がその時っ!」と、ただの一言だけである。
(あの小僧によるこれまでの行動は、全てこの布石かっ!)
反射的に首を守ろうとするレイシャ。恐らく両刀をあてがわねば、この猪突には対抗出来ないと判断し、二刀を十字にして備えてしまう。
「ヴァーミリオン・ルーナ、紅の命………」
(こ、ここで不死鳥を呼ぶかシアンッ!)
レイチが飛び掛かるタイミングとほぼ同時に不死鳥を召喚する詠唱を始めるシアン。
コンマ数秒の最中にレイシャは確信に至る。自分の行動は間違っていない、本命はシアンの不死鳥。
小僧の突出は、詠唱時間を稼ぐためのものであるから、やはり自分の首を狙って防がせるための囮に過ぎないと勝手に悟った。
「な、何ぃぃ!!」
なれど自らを鉾先と化したレイチの行く先は、レイシャの首ではなく腹であった。
黒い二刀を十字にして、上方に構えたので両腕が上がりきっている。
もう降ろしている時間はないっ!
不覚にも目をつぶってしまうレイシャ。強者である彼女をして完敗だと思わせた。
実際レイチが刺し出した二本のナイフは、レイシャの腹に届いていた。
彼女は軽装なので、腹に子供の頭くらいの穴が開いてもおかしくはなかった。
「クッ!?」
「姉さんを殺らせはしないッ! この僕の眼前においてそれは有り得ないッ!」
レイチの二刀は、レイジの伸ばした左腕を貫いた上で、レイシャの腹に到達していた。おかげで致命傷には至らなかった。
ナイフという刃渡りが短い武器であることもレイチにとって足枷となった。
守ったのはレイジの心之剣ではなく、生身の腕であったのだが、レイジの顔に苦痛の二文字は浮かんでいない。
無論、動脈が通る腕をやられたのだから、血が溢れ出てはいる。姉の血と混ざりあった鮮血が、三人を染め上げる。
「………賢者の石がその真の姿を現す。炎の翼、鋼の爪、今こそ羽ばたけ不死の孔雀」
一方シアンは、まるで目の前の現実を知らないように詠唱を続けている。これにはレイチとニイナが後ろから頭を殴られたように驚愕した。
二人はレイシャを相手取ると決められた時、シアンから聞かされていたのだ。
「私は不死鳥を温存したい。恐らくレイシャは仲間を最低一人は連れて現れるだろう。まずはレイチが連れを相手にして、合図があったら私と入れ替わりでレイシャを獲るのだ」
この際、その連れがレイシャの頭脳ともいうべき双子のレイジという戦術予報は流石になかったが、結果やる事は変わらないと二人の相棒は疑っていなかった。
一番肝心な所で、シアンは全てを信頼する二人ですら、ある意味裏切ったのだ。
「レイシャ殿、そしてレイジ殿。ここから約2分、私の本気の中の本気を見せよう。余計だろうが洞窟で戦った時の私は、参考にならないからそのつもりで」
「ほぅ………面白いじゃない。では私も相応の対応をさせて貰うわ」
珍しく外連味じみた余計なことを言うシアン。自らの影が赤く染まり始めているのは不死鳥によるものだけではない。
戦士としての血が滾り、普段の冷静さを超えていることを自覚する。
腹から流れ出る血を意に介せず、笑って黒い二刀をシアンに向けるレイシャ。二刀から影が噴出し、黒い炎となって燃えさかった。
ただ重傷を負った弟を後ろに下がらせるくらいの冷静さは、失っていなかった。
「…………さあっ、我に応えよっ!『不死鳥』!!」
「新月流の神髄を魅せてやるっ!」
燃え盛る半身の火の鳥が出現し、シアンの中に染み渡ってゆき、シアン自身も燃え上がり、背中には紅の翼が生える。
一方レイシャは、まずレイチをシアン側に蹴り飛ばす。これでシアン等三人は、レイシャの前、200m圏内に置かれる。
この状況を気付いていなかった三人。特にニイナは、自身がいつの間にか200m圏内に入ってしまっていたことを知らない。
レイシャ達は、シアン等と剣を交えながら、ジリジリとその差を詰めていたのである。
「新月流奥義『漆黒の狭間』ッ!!」
シアンよりも先に仕掛けるレイシャ。黒い炎で燃え盛る二刀を最上段から振り下ろす。一見派手なモーションだが、緻密さの欠片もない動きである。
第一ここで初めて彼女の剣が、新月流などという随分とハッタリの利いた名前であるのを知ることとなる。
さらにこれまでのように影が刃に成り替わって飛んで来るといったこともない。
代わりにシアン等三人のちょうど中心点辺りに黒い真円が出現すると、それは瞬く間に拡大して、三人を飲み込んでしまった。
「こ、これは!?」
「怖いっ! し、沈んでゆくよぉ!」
「まさかこれは、異空間への入口!?」
身体の小さなレイチとニイナは、底なし沼に沈む様に真っ先に姿を消す。最後に残ったシアンもすぐに後を追わさせる羽目になった。
「アーハッハッハッ! そういうことよ。もう聞こえちゃいないでしょうけど、そこに命綱なしで飲み込まれたが最期っ! 私ですら何処に通じているのか判りゃしないのよっ!」
声高らかに勝利を確信して笑うレイシャ。新月流………。これまでの彼女の戦いぶりを顧みると、影を自由に操舵する的な剣術かと思われていた。
それもあながち間違いではないが、これまでの戦いにおいても異空間への繋がりを作るこの奥義を発端とする。
レイシャ・グエディエルは、異空間から引きずり出した影を武器としていたに過ぎない。
そして新月の夜こそ最恐と成り得るのだ。




