第7話 白黒つける英雄譚(ᚺᛖᚱᛟᛁᚲ ᛊᚨᚷᚨ) ―境界線の刃と"殺意"の蜃気楼―
戦之女神が白い竜シグノを錬成した駄賃の出来心でカノンを抱えた暗黒神に御伺いを立てたお遊戯。まさかこれ程一方的な蹂躙を受けるとは……想像を遥かに凌駕していた。
ヴァイロの弟子達の類稀なる連携とヴァイロ・カノン・アルベェリアが本気で振り翳した紅色の蜃気楼。
特に紅色の蜃気楼の太刀筋はエディウスに取って奇妙過ぎた。正直この手に欲しいとすら感じている。
なれどこの場は凌ぎ切る事こそ絶対。遊びの時間は終わりを告げた。
──我が甘かった……錬成したばかりの竜で力を試すなど。
命さえ危うい現状、もはや笑うしかないと投げたのか。エディウスは少女の顔に苦笑を浮かべた。まさか自分が挑戦者になろうとは。
そのヴァイロだが全く以って手を抜く気配感じぬ狂気の沙汰。
彼の立場に為ればそれも必然。
もしこの場で悪夢の元凶を断ち切れたなら──これ迄の安堵を維持出来るのだ。だから非情になるのも当然である。
ヴァイロが振るい続ける赤霧の刃が、無遠慮に白銀なる少女の柔くて白い肌を斬り裂く。
エディウスの生んだ白一色の竜、シグノが翼を畳み防戦を試みるも、それさえ透かした霧の刃がエディウスに直接届き得る無情。
何故かエディウス自身は防戦を諦め両目を閉じ竜之牙の柄を両手で握り締め集中力を高める不気味をみせる。
何か来ると危険を察知したアギドが白黒つけようとする神々の争いに割って入る身勝手を試みた。
リンネも息を大きく吸い、声の力で集中の邪魔を企てる。
だが──それらは手遅れに終わるのだ。
カッ!
「遊びは終わりだッ! ──『境界線の刃』!!」
少女の声とは到底思えぬ神格滲むエディウスの声音が一際爆ぜる。
瞳を再び開いたエディウス。青が赤に生まれ変わり、竜之牙の白刃が帯びた光を剣を振るい派手に打ち出した。
バッシャッ!
「えっ!?」
オレンジの大きな瞳をさらに広げたミリアの戦慄。己が魔法で為した白い月の守り手の結界術。水が弾ける様な残響と共に斬られたと直感した。
「ふぅぅ……」
瞳孔が赤一色に転じたエディウスが吐く荒い息遣い。女神の座に胡坐を掻いてた先程までの彼女とは明らかに一線画す。
身体つきは相変わらず白銀の少女、然し血に塗れ紅色に染まる瞳はまるでヴァイロ達を餌に見立てた大蛇を彷彿させた。一変した戦場の空気。
恐怖の思考に瞬時囚われ怯まずに要られない。ミリアは恐怖の余り、浮いたまま空の上に崩れ落ちた。
クッ!
「ウラァァァッ!!」
いや、独りだけ蛇に飲まれず己を主張したリンネである。それはやけくそ転じた偶然かも知れない。兎も角声を張り上げ、弱気な自分を叱咤したのだ。
「ゴァァァァッ!!」
未だ続くリンネの抵抗。
これは声と云うよりまるで目前の白い竜が吐いた竜の息が音色。凡人には到底言い表わせぬ声音の攻撃。
──リンネッ! ま、負けるものかッ!
「ロッカ・ムーロッ! 暗黒神の名の元にッ! いかなるモノも通さぬ強固な壁を我等に──『白き月の守り手』ァッ!」
一度は怯んで腰を抜かしたかにみえたミリアが再び防御と結界を両立させた白き月の守り手の詠唱を怒鳴り散らす。
今さら同じ術と思われた矢先、次張られた結界は馬上槍の様な鋭角さと勢いを以ってシグノの翼を刺し貫いた。
シグノからの返り血を浴び、エディウスの凶荒ぶりが増々加熱を帯びる。竜の血を舐めて嘲笑湛えた。
「ほぅ……子供が随分舐めた真似をやってくれる」
斬り捨てた結界術を再び張られたエディウスが次に斬る者は火を見るより明らかだ。
「い、いかんッ! マー・テロー、暗黒神よ。その至高なる力でかの者に裁きの鉄槌を── 『神之蛇之一撃』!」
「暗黒神の名に於いて命ず! 火蜥蜴よ、その身を焦がせッ! ──『破』!」
ミリア毎、白き月の守り手を斬られると直感したアギドが自分の影を増量し大蛇の様な影に変え、エディウス目掛け撃ち出した。
ほぼ同時、やはりミリアの身を案じたアズールも小爆発でミリアに対する攻撃を妨げるべく二番煎じな煙幕を張った。
ズバッ!
「小賢しいッ! そんな物がこの神に通じると思うてかッ!」
経った今、アギドが撃ったのはあくまで影。それを魔導で固定化させた代物だ。
いとも容易く竜之牙でエディウスが斬って捨てた。
それ処か物体とは世辞にも言い難いアズールが見舞った煙幕すら、綺麗な切り口で割ったのだ。
──さっきから妙だ。魔法が斬れる剣だと?
焦燥感募り往くアギド。エディウスが見舞う境界線の刃の本質を冷汗掻きつつ考察するのだ。エディウスが本気を出した途端、状況は暗転した。
サーッ……。
子供達がか弱い命を投げ出さんとした脆弱の只中、エディウスと白い竜の背後に集まる赤い霧。
赤い歪な大剣だけに非ず、魔法剣士ヴァイロが赤い霧の内から転生為し、実体剣と化した紅色の蜃気楼でエディウスの背中に突きを繰り出す。
エディウス、一瞬だけ反応が遅れた。神としての顕現を弱気な子供に奮う方に気を奪われていた。
ズバァッ!
「ぐぅッ! お、おのれ……よ、よくも神の躰をこうも易々──シグノォッ‼」
ヴァイロの奇襲が見事エディウスの背中を裂いた。
苦痛に顔歪め、怒りながらも己が竜に今夜最後の命令を下したエディウス。
シグノに下した月夜最後の投げ掛け──それはこの場から完全なる撤退であった。
赤い瞳が蒼に返り掛けながらも死力を振り絞り、境界線の刃の効力が失せる前。
ミリアが張った結界を如何にかで斬り裂き光の速度思わす速度で白い点に変わり果て、やがて消えた。
「お、俺達勝ったの…か?」
「ふぅ、取り合えずそうらしいな……いや追い払ったと云うべきか」
星に成った敵を見送るアズール。勝利の余韻?
誰も負傷こそしなかったが勝った気などまるで起きない。
同じ方向へ視線を送り溜息入り混じるアギドの疲労感溜った声質。通常なら致命的だと判断しても何ら不思議じゃない程の傷を女神に負わせた。
それでも『これで終わった』などと軽口叩くに気に至れなかった。
魔導に依る重力制御を次第に失い、ゆるりと地上へ降り往く暗黒神と幼い御使い達。皆、疲労困憊。
フラリッと切り株に腰を下ろしたアギド。
アズールに至っては構わず冷たい地面に大の字で転がった。
ネグリジェの上から暗黒神の弟子である証、黒装束に包まっただけのミリア。
昂った気持ちが削がれ身震い。「それじゃ寒いだろ」と気を遣うヴァイロ自ら、自分のマントを肩に掛ける優しみ込めた。
マントから伝わるヴァイロの心と匂いに酷く顔を赤らめその場に崩れた。
同時に思い出すほんの1時間程前の恋煩い。再び訪れた切なさ、薄暗い地面に視線を落とす。白い何かを見つけ拾い上げた。
ルーン文字らしき羅列と錬成陣を見つけたが、ミリアの知識じゃ首を傾げるだけに留まる。「ヴァイ、これ何だと思われますか?」未だ恋焦がれる相手に丸投げした。
そんな二人っきりのやり取りを目端に見つけたリンネ。自分の好意を棚上げにして思わず身勝手な嫉妬を生んだ。
──こ、これは? もしや!
リンネとの愛重ね、次は悪夢の再来匂わすエディウスの争い。盛り沢山過ぎた今宵一番の収穫と新たな葛藤に目が眩む思いのヴァイロであった。
『幻影と白幻を抱いた神々の英雄譚 —Saga "Vairo" et "Edius"—』 Chapter 1 End.




