第6話 白の挑発
ミリアは慌ててベッドから飛び降りる様に起きると、黒いマントだけを羽織り、慌てて外へ飛び出す。全速力でヴァイロの家を目指して駆ける。
「ミリアッ!」
「アズッ! 貴方もアレを見たのですかッ!」
途中ミリアはアズールと偶然の合流を果たす。岩盤を削って作った道を二人で走る。
「寝てたんだけどよっ、何故か目が覚めたんだ。それにあれだけデカけりゃ嫌でも気づくぜッ!」
普段余りこの少年の言う事に耳を貸さないミリアだが、この時ばかりは頷くしかない。
ツリーハウスが近づくにつれ、次第に白い物を見る焦点も合ってくる。
「し、白いっ……」
「竜っ!?」
「しかも人が……騎士が騎乗しているわっ!」
人の10倍はあろうかと思える巨大なドラゴン。まるで白鳥の様な翼広げて悠々飛んでいる。
加えて騎乗している騎士も白い装備。白い長髪……女性、というかまるで少女の様。腰には自分の身長の2倍はあろうかと思える程の剣を刺している。
「あっ! ヴァイとリンネだっ!」
アズールが家から飛び出してきた二人に気づく。
それを見たミリアは、思わず先程捕らわれた感情に一瞬心を支配される。
──い、今はそれ処じゃないっ!
首を強く振り余計な感情を振り払うミリア。
「グラビィディア・カテナレルータ、暗黒神の名において命ず。解放せよっ、我等を縛る星の鎖よっ! 『重力解放』!」
落下しながら詠唱するヴァイロ。地面にあと僅かという所で、二人の身体が宙に浮く。
二人だけではない、その一部始終を見ていたアズールとミリア。既に合流し、木々の影に隠れて様子を窺っていたアギドも宙を舞う。
──ほぅ、重力を捨て空で我とやるつもりか。余程調練しているのであろうな。
──し、白い竜に白い女騎士!? まさか夢で見た通りだとっ!?
「受けろ我が刃『竜之牙』!」
「クッ! 『紅色の蜃気楼』!」
白い女性の騎士は巨大な剣を両手で悠々と抜くと、白い竜を落下させながら大胆にも大きい動きで振り下ろす。
信じられない速度であるが、流石にモーションが大きい。
ヴァイロの剣、紅色の蜃気楼も相手に劣らない程に巨大。
剣先から柄まで真っ赤なそれで斬り結んでみせた。火花が飛び散る。
「貴様ッ! 一体何者ッ!」
「我が名を聞くか……良かろう。我は『エディウス』。神聖なる地、ロッギオネから来た神と崇められし者だ」
明らかに焦燥しているヴァイロに比べ、エディウスと名乗った女剣士は顔色一つ変えていない。
「……ペソ・クアンティア、暗黒神の名の元に、全ての物の拘束を具現化せよ『枷の鎖』」
エディウスの背後、さらに上の方から小声で詠唱した少年が、二刀を振り下ろす。今度はエディウスの方が、上から攻撃を受ける羽目に陥る。
正体はアギドである。敵がヴァイロへ気を取られている合間、後方へ回っただけでなく悟られない様に声量を絞りきり、魔法すら使った上でのエストックによる二連撃。
──グッ! 完璧に背後を取ったのに受けるのかっ!
──な、何だこの者の剣? こんな細身の剣を重く感じる…見た目には変わらんのに?
アギドもエディウスも互いの能力に戦慄するが、声はおろか表情にすら出さない。心理戦でも斬り合いを決して止めない。
「ロッカ・ムーロ、暗黒神の名の元に、如何なるモノも通さぬ強固な壁をこの者等に『白き月の守り手』!」
次は若い女の詠唱がヴァイロの背後から続く。透明な防護壁の様なものが、エディウス以外の者共を覆う。ミリア得意の防御系魔法。
「暗黒神の名に於いて命ず! 火蜥蜴よ、その身を焦がせッ! 『破』!」
さらに少年の詠唱だ。赤い小手をつけた腕を真横に払うと、エディウスと竜の間に連続して火薬が爆ぜる様な音と共に、小爆発が立て続けに起きる。
アズールが特に好む魔法の一つだ。されど残念にも竜の炎のブレスで相殺される。
けれどこれは囮、次の詠唱による時間稼ぎに過ぎない。
「剣・槍・斧、暗黒神よ、この者に全ての武具を超える進撃を『アルマトゥーラ』!」
アズールが次に魔法の標的にしたのはヴァイロだ。全身を矢尻の様なシルエットが包む。
「攻撃強化の魔法か……。魔法力も中々だが、何よりもその連携。詠唱時間すら計算に入れて魔法の弱点を補うとはやってくれる」
相変わらず氷像の如く表情を乱さないエディウス。
ドラゴンに騎乗しているとはいえ一人の従者もいないというのは、幾ら何でも迂闊過ぎる。
然し余裕という言葉が、まるで彼女の為にあると思わせる程の圧倒的存在感。
──……悔しいけど独り凄いのを忘れていらっしゃいますわ。
「竜の息ッ!!」
エディウスの言葉に心の中で冷笑しながら思うミリア。
これまた何時の間にかエディウスの上に回ったリンネが全身を逆さにしながら、両手を突き出して叫ぶ。
──火炎の息!? だが竜なぞおらぬっ!
「…『爆炎』!」
見えざるドラゴンの火炎の音だけが、確かに聞こえた気がして流石に慌てるエディウス。
その音でアズールの詠唱が完全に彼女の耳へ届かない。
巨大な火の玉がエディウスの後方で弾ける。一つしかないが、一点突破の強力な爆発だ。
「クッ……偽の火炎の音に紛れての爆炎とは、なかなかやりおる」
「なっ!? 火傷一つ負わない!?」
爆煙の中から現れたエディウスは、ようやく悔しさを滲ませた言葉を吐いたが、竜共々掠り傷一つ見当たらない。
「竜の閃光ッ!」
「グッ! ま、また耳がッ!」
リンネが今度は音だけの雷を落とす。本物の様な雷鳴に、流石のエディウスも耳を塞ぐ仕草をする。
そこへ届く筈のない赤い太刀筋が、振り下ろされる。
ヴァイロの剣に違いないが、刃の間合いには全く足りてないというのに、鞭の様に伸びて迫ってきたのだ。
「冗談ではないッ!」
エディウスはこれを剣で受けようとしたが、赤い太刀筋がコレをアッサリすり抜ける。
「なっ!?」
白い竜がその翼を折り畳んでエディウスの代わりに受けた。無数の白い翼が宙に舞い散る。
──成程…コレが奴の紅色の蜃気楼の片鱗。
──こ、これでもあの騎士本人に届かないというのかっ!
ようやく攻撃が届いたヴァイロの方が歯を喰い縛ってしまう戦慄。
確かに竜の翼こそ斬ったが、まるで堪えた様子もなく、翼を広げ再び舞い上がった。