第5話 虚ろな灰色と白銀の月夜(ᛗᛟᛟᚾᛚᛁᛏ ᚾᛁᚷᚺᛏ)
心虚ろな暗黒神、ヴァイロ・カノン・アルベェリアが名付け親。
声と音を自在に操るリンネがヴァイロに導かれ生きながらにして歓喜の渦中、彼の袂へ輪廻した想いを告白した月夜。
同じく甘ったれた男へ片思いを寄せるミリアは、今宵余り寝付けずいた。
彼女の家柄はヴァイロを師と仰ぐ輩のうち、割と裕福な家計。
自分だけの部屋が在り、13歳の躰じゃ持て余すベッドに潜り悶々と眠れぬ夜を過ごしていた。
自分はヴァイロの同居人であるリンネより女性の魅力が劣っているとは一匙も思えやしない。今時分も、薄着な寝間着が如実に表現する自身の身体を見ながら独り焦れる。
されどリンネの快活さ、尽くす性格。
そして何よりあの歌声だけは女性はおろか独りの人間として価値を譲るしかない。
そう──恋敵として認めてはいるのだ。けれどひとつ同じ屋根の下と云う狡さは如何にもならぬが腹立たしいと思う。
同時にそんな必然に苛立ち感ずる自分の余裕のなさもどうかと考え耽るのだ。実りなき価値観滲み回りて眠りに誘われない乙女の悩み。
本当に無駄な微熱──。
ミリアはこれ迄、一言も『好きです』『お慕いしております』『触れて欲しい』ヴァイロの心を捉える語り掛けが何ひとつ成し得ていないのだ。
だから当然空回り、リンネよりさらに2歳半年下のミリアだ。
想いを形にしないとどれだけ愛した処で一欠片も伝わる訳無い必然。
美麗過ぎる自分をおしとやかな装い通すべく灰色の衣装を好んだ。恋愛の形さえも中途──グレーであり過ぎた。
判り切った事柄──だが何故今宵はこれ程気に病むのか。
──満月……。
ふとカーテンの隙間から一際輝き散らす白い月灯りが差し込み、ミリアの心根を引っ張り上げた。
「え、ど、如何してこんな夜更けに灯りが」
満月が為す恋愛の駆引き。
少し高台にそびえ建つミリアの家から、想い人と恋敵が共連れで暮らす大きな樹木の中に建てたツリーハウスから漏れた明かりがオレンジの瞳に映えてしまった。
恋敵は満ちた愛情を遂に形へ変えた?
逆に自分は駆引きの機会が失われた?
己が何故今宵これ程までに血が騒ぎたてたのか漸くミリアは理解した。理解はしたが腑に落ちる道理がない状況に勝手な涙が溢れ始める。哀しみの慟哭より先に涙がミリア自身と心を満遍なく濡らし往くのだ。
「──嗚呼ッ! わ、私だって触れて欲しいッ! か、重なりたいのにぃッ!」
心も躰も切なささえ如何ともし難いミリア。叫びながら枕を窓へ投げつけ、お気に入りな猫の縫いぐるみを破れんばかりに抱き締め暴れた。
縫いぐるみは抱けても幾分足りとも返さぬ虚しさ。
ミリアの『触れて欲しい』哀愁は、満たされる道理がないのだ。
「うっうっ……うっ、す、好きなのヴァイ。貴方がぁ!」
家族が気付いて目を覚ますかも知れないのも気にせず独り孤独な独白を窓の外に映る彼の家目掛け『届け!』とばかりにぶつけるミリアらしからぬ苛烈ぶり。
木枠の窓が揺れる残響。普段から大声のリンネに自分が似ていた事に気づき、苦笑漏らした。
そんな魂の痛みに藻掻く最中、窓の外。
満月でもヴァイロの家でもない真っ白な何かが横切るのが見えた。
「な、何ですのアレ?」
窓枠を一瞬白に塗り替えた存在が、私達のヴァイロが住処に飛び往く。白鳥の様な姿だが巨大過ぎた。然も白銀の鎧を運んでいる様子に気付いた。
バァッ!
恋破れし乙女、されどミリアは誇り高きヴァイロの魔導士。彼女自身の品格すら灰色に塗り潰す訳にはいかない。
黒装束──。
暗黒神ヴァイロの御使いで在る証だけをハンガーから剥ぎ取り部屋の扉を蹴破る勢いで寂しきカノンの街中に飛び出した。
そのまま夜空の白い流星の様な謎を追い掛け、全力でカノンの荒れた道を蹴り奔るのだ。
ミリアの勇猛さ、さっき迄泣き腫らした少女の面影を幻に追いやる。
普段の彼女を知る者がみればさぞ驚くだろう。
あのおしとやかなミリアが風切り街を駆け抜けるのだ。速過ぎる上、危うい寝間着に黒マント1枚切りで御嬢様を脱ぎ捨てた。
「──ミリアッ!」
普段のミリアを知り抜いた声変わりしたばかりで真っ赤な頭の少年が呼び止めるが、構わず駆け続けるので、紅の少年も後に続いた。
「ミリアッ! アレはなんだッ!」
風に為った少女へ息切らし投げ掛ける紅の魔導士アズール。
ミリアは黙って首を振るだけに留まる。本当に知らぬのだ、応じようがない。但しヴァイとリンネに命の危機が迫り征く。それだけは確信した。
ミリアは守りに特化した魔導士。
故に理屈抜きで感じたのだ。『アレは敵! 危険な手練れ!』だから直向きに走り往く。
実際、白い白鳥の速度は流星を彷彿させた。翼一振りで瞬間移動の如くだ。目で移動を追従出来ない。
依って走って追い縋れぬ。遂にヴァイロのツリーハウス直上まで辿り着いてしまった。
ヴァサッ!
ヴァイロの住処に今にも襲い掛からんとした矢先。
大量の蝙蝠や鷹、隼などの猛禽類が巨大な白鳥の邪魔をする。
彼等はヴァイロが仕掛けた守りの罠、矮小で見えぬが契約の刻印が刻んであるのだ。
だが白鳥が首をブンッと一振りしただけで蟻が散らされる様に消し飛んでしまった。
「グラビィディア・カテナレルータ、暗黒神の名に於いて命ず。解放せよっ、我等を縛る星の鎖をっ! ──『重力解放』!」
このままでは間に合わない絶望思わす中、斬れ味鋭き詠唱が辺りに轟く。ふわりッと自分達の躰が浮遊する不思議感じたミリアとアズール。
「遅いッ! 二人共一体何をしていたッ!」
続いて厳しい指摘がミリアとアズールの耳をつんざく。ヴァイロの一番弟子、青の魔法剣士アギドは例え深夜であろうと臨戦態勢。
腰に差した二本の細い剣、エストックも既に抜刀済。一句だけ苦言を呈すと我先に征かんとばかりに、白い異物に飛んで行った。
「ラァァァッ!!」
然しそんなアギドより一寸先、敵に文字通り攻撃を響かせる者現れる。ツリーハウスの窓を開いて大声張り上げたリンネだ。
神速であった敵の動きが遂に停止。リンネの声が高周波を用い相手の三半規管を狂わしたのだ。白鳥が悲鳴の様な囀りを迸る。
キッ!
──リンネッ! 戦いで負けやしないッ!
「ロッカ・ムーロ、暗黒神の名の元に、いかなるモノも通さぬ強固な壁を我等に──『白き月の守り手』!」
ミリア、リンネに怒りの視線送らず気合だけで一閃。そのまま自分が為すべき仕事を忠実に熟す。
ミリアを中心に白い光の膜が拡散、白い敵まで届いた。丁度今宵の満月を錬成したかのような形。
「キィィィッ!」
「ぐぅ!? この我が押され…る?」
白鳥に騎乗していた低音強い女が驚き荒む声を発した。
ミリア得意の守備系魔法、物理・魔法防御を高めるだけに在らず。敵だと認知した相手を押し返す荒波と化すのだ。
その時、遂に白い塊であった敵の正体が露わに至る。
先ず白鳥の様な舞い散る翼を持ちながら、口を開けばゾッと息飲む鋭き八重歯が並んでいた。
脚に生えた爪も鳥の可愛げがまるでない、鋼も切り裂くであろう剣の如き存在が幾重にも生えていた。
この世で最強と思しき生物──白いドラゴンであった。
さらにその背に乗るは白銀の鎧を纏う騎士。
されど白き少女の肌色と蒼き真っ直ぐな瞳。長い髪の毛さえ揃いの白。
白──。
それはまさしく圧倒的聖、正義を匂わす。まるで守る自分達が断罪されるべき悪を感じた。
「……ペソ・クアンティア、暗黒神の名の元に、全ての物の拘束を具現化せよ──『枷の鎖』」
それでも若さ溢れた弟子達の勢いは留まる処を知らぬ。
青い冷静なアギドが敵の戦慄投げ捨て出来る限り悟られぬよう、小声で成し得た詠唱術。然し一見何も起きない。
さらに冷静な剣士がレイピアの次かと思える程か細いエストック二刀を振るい上げ、敵の竜騎士に挑む無謀なる動き。
カシャンッ!
アギドの二刀を受け切ったのはその細身で何故振るえる?
──と疑問を抱かずに要られぬ刀身白い両手剣。然も冗談に思いたい、それを片手で悠々抜いたのだ。
「な、何故そんな剣がこれ程に重い!?」
エストック二刀と剣を交えた女騎士、驚異の声を上げる。
──馬鹿な? そんな軽々と!
受け留められたアギドも驚きの顔色隠せない。
枷の鎖とは使い手の能力に依るが実物の2倍・3倍の重みを相手に感じさせるアギドの専用呪文。
未だ重い剣が扱えぬ15歳の彼がハンデを蹴散らすべく編み出したのだ。
「ば、馬鹿な……あ、在り得ない。あってはならない」
肝心要なヴァイロが敵の正体を赤い瞳に映した戦慄。白き竜に白銀の少女剣士。
例の悪夢で見た存在に違いなかったからだ。




