第4話 輪廻の心音(ᚺᛖᚨᚱᛏᛒᛖᚨᛏ)
例の悪夢を気に病んでいるカノンの他称暗黒神、ヴァイロ・カノン・アルベェリア。
されど今時分だけ同居人からの枠をはみ出た若きリンネが裸で一枚毛布を羽織る姿に独り酔いしれていた。
東の果てでは、よもや夢で見た瓜二つなる自称戦の女神。
白銀の少女剣士がこれまた夢幻を現実に塗り変えるべく暗躍してることなど露知らず。
初めて心重ねる行為に及んだリンネ。流石に疲れたのか、愛を告げた男の腕を枕に寝息を立てる。
腕枕の主はヴァイロである必然。彼は眠れずつい今しがた少女から女へ転じた安らかな寝顔を、複雑な気持ち抱え緑の髪絡ませ遊ぶ。
──リンネ……俺だって男だ。何も感じてない女と4年も共に暮らしたりするものか……。
12歳だった彼女を孤児の施設で見つけた折、名を失った少女に不思議な魅力を抱いたものだ。されど云わば人助け──ヴァイロの自己満足に過ぎなかった。
その後、約4年間──寝食を共にして漸く気づいた心地良さ。
自分の事を上下何れにも扱わない心地良さ、さらに年甲斐もなき己の好意を潜ませたのに驚き抱く。
誰しも夢中にさせ往くリンネの歌声──。
声だけに在らず。ヴァイロ自身が彼女全ての虜。だがうら若き過ぎる少女とて同じ想いを自分へ傾けていたとは知らなんだ。
自分だけ──片手落ちの恋だと思い込んでいたのだ。まさか互いの心を取り込み合う、こんな夜伽が訪れるとは……。
けれども一刻の恋心と一生涯の愛情は全く別物。
男とは恋欲しさにあたかも一生分の愛撫を全力で注ぐ身勝手な生き物。愛叶った途端、奪い去ったモノに心が身勝手に揺れるものだ。
──俺は此奴をただ欲しい勢いだけで、抱いてはいないと言い切れるか?
「いや、馬鹿な……俺の想いは、これからだって決して変わるものかっ! ──んっ!?」
「もぅ…何なの?」
つい大きな声を出してしまったヴァイロ。リンネが驚き、眠い緑の瞳擦りながら覚める必然呼び込む。
彼女は自分が何も身に纏っていない格好を理解すると、今さら感じた羞恥で、捨てたタオルを素早く拾い全身をしっかり包んだ。
「んで……急にどう…した?」
真っ赤な顔でヴァイロの腕の中に戻るリンネ。一驚した後、目覚めた割に何気なく男の懐へ収まるのだ。愛の深みが窺い知れた。
ヴァイロは、事成してから自らの行為に悩んでいた本音が云えぬ。困った挙句、彼女を支える腕に力潜らせ抱き寄せる。
一見好い男を装うヴァイロの動き、リンネの気分吹き飛ばす大人の狡猾を成した。
「り、リンネ……お前は俺のどこがそんなに好いんだ?」
「え、ええ……」
恋愛なのか或いは気の迷いで目前の少女を己は抱いたのか。
そんな何とも語り辛い気分を纏める時間を稼ぐべく、少女に質問を被せ預けた。
リンネはやまびこの様に質問で返され、モジモジしながら頭の中を整理するのに追われた。
──恥ずかしい……でも言わなきゃ。
心の中に浮かぶ愛する人との数多な思い出。それらを拾い上げては、言葉に変換してゆく作業。
一見難儀かと思いきや、その全てが星の様に煌めているのを感じ、口から寧ろ言葉が噴水の様に溢れ出そうな幸福に胸高鳴るのを感じ独り綻んだ。
「あ、アンタが付けてくれた私の名前のこと、覚えてる?」
「そりゃあな。流石に覚えてるさ」
好きな男の懐に抱かれたまま息が直接かかるであろう刹那き距離感。抱かれたまま僅かに見上げる。声が上擦り悪戯じみた。
親に捨てられ名無しの人生へ落とされた少女。新たな名付けの物語に耽り心躍り出す。それ程リンネとは幸福描いた絵画なのだ。
「リンネ……遠い東の果てにある異国の言葉で『輪廻』。輪廻転生とはどんな生き物も死んでも生まれ変わり、再びこの世に生を受ける……」
いよいよ跳ねるリンネの心音。
そう──彼女は名前の文字面通り、心穏やかな暗黒神の御許で生まれ変われた。
今でこそありとあらゆる音や声を自在に操るリンネ。
この世に生受け、幼子だった頃合い。昼夜問わず四六時中、可愛いだけのある筈の女の子が活火山の様に声と音を爆発させ続けていた。
リンネの両親に泣き縋られ預かる事になった施設長からヴァイロが聞いた話。夜泣きなんて生易しいものじゃなかったらしい。
竜の咆哮、火山の爆発……扱いに大層困り果てた挙句、地下室へ置き去りにしてから自分達は就寝を迎える。大人として底辺な行為だと知りながらそうせざるを得なかった。
「あの頃は本当に自分が大嫌いだった。何とか他の子達と同じ扱いを受けたくて自分の口を包帯でぐるぐる巻いたり……」
淡々と物悲しい出来事を綴るリンネ。両親に見限られ施設に移ってからも辛い日々が続いた事柄。
言い尽ぬ地獄の日々をヴァイロの胸に軽く爪立て「ガァッ!」ってそれこそ竜の様な愛嬌交え語るリンネ。薄らいだ微笑すら零して触れ合う男へ手向けるのだ。
「もういい加減自分がやんなった。漸く人並みに為れそうな頃、アンタが私の引き取り手に名乗りを挙げた。『面白い』ってね。巫山戯んなって正直思った」
本当に寂しき過去をいとも楽し気に話すリンネ。「言われた言われた、情けは要らねえってな」と軽く吹き出しヴァイロが返す。
25歳と16歳──大人と子供が幼馴染の様に優しく嗤い溶け合う。
「面白い──正直頭きたけど……で、でもねアンタから」
此処で少し声のトーンが下がるリンネ。相変わらずな可愛げない『アンタ』の後、タメを築くのだ。
そんな無意識の仕草がヴァイロの胸打ち思わず息飲む。上品さだけが女性の売りとは限らぬものだ。
「……『俺ん所に来い。生まれ変わらせてやる。今日からお前の名前はリンネだ』う、嬉しかった。幸せだと思った」
ヴァイロ、リンネの仕草に不覚にも心拍が跳ね上がる。心底意外な一面を覗けた想いに駆られた。
「ハハッ…我ながらキザな台詞を吐いたもんだ」
「本当……私の前に跪いて王子様気取りで手の甲に接吻までしてさ」
自らの行為に頭を掻いて苦笑する王子様。
姫の方は満更でもなかった当時を打ち明ける。
「私…本当に生まれ変われた気分だった…あの瞬間、既にアンタを好きだと感じた」
──そ、そんなに……そこ迄こんな俺を想ってくれてたのか。
色恋沙汰に余り馴染みがない鈍感なヴァイロ、心が爆ぜる。
実の処、そこまでの思い入れは当初なかった。こんな結実を算出した行動ではなかった。
いや──計算がなかったからこそ、彼女の心を動かしたのかも知れない。
この4年間──。
長くも在れば僅かなひと時とも取れる。
軽い喧嘩をしたことや、隙間風辛きこのツリーハウスで寒い冬を凍えながら暖かなハーブティーをひとつしかないカップに注ぎ、暖を取った思い出もある。
ひとつそれぞれを摘み上げる分には刻に流される小さな出来事。
だけどもリンネのたった一言が、それら総てを神話に変えた。




