第36話 エドルとカスード家
場所を戻してカネラン達が引き続き守っているラファンとフォルデノ王国の国境線付近。今の所、平穏でありノヴァンの心配は杞憂に終わりそうな雰囲気である。
「お二人はシアン殿と一緒に戻らなくて良かったのですか?」
身長は2m近くもあるのに相変わらずの低姿勢で問いかけるカネラン。
お二人とはハイエルフの兄妹、レイチとニイナのことだ。
カネランと比べると1/3程の身長しかないのではないかと思えるこの二人。
低姿勢を貫くカネランとの図式がいよいよ可笑しなものに思えてくる。
「シアンなら大丈夫だよーっ。この位の修羅場どうってことないって」
「ですね、それに我々まで戻ってしまうとこちらが手薄になりすぎます」
「は、はぁ……。それならば良いのですが………」
笑いながらカネランの腰の辺りを叩いて返答するニイナ。レイチはナイフに刃こぼれがないかチェックしながら答える。
「それに………、あ、これは何の根拠もありませんが、僕達がいると話しづらいことになるんじゃないかって気がするのです」
「あーっ、そうかもね。それにまあ、私達は大体知ってる話題になるだろうからいなくても問題ないよっ」
「………ちょっと、言ってる意味が……」
顔色も視線も変えずに相変わらずマイペースのレイチ。ニイナも腕組みしながらうんうんっと幾度も頷く。
完全に子供に置いてきぼりにされている感のカネランであった。
◇
「カスード家? シアンって確か……。あれっ?」
「お前なあ……。ツッコミ入れる前にせめて名前くらい覚えておけっ。付き合い長いんじゃなかったの?」
いきなり話の腰を折りにかかるヴァイロに、リンネの冷たい視線が突き刺さる。暗黒神をお前呼ばわりするリンネに、ルチエノはおろおろしてしまう。
「とにかく黙ってシアンさんの話を聞きましょう。議論をするのはその後だ」
「フフフッ………」
9つも下の内縁の妻に仕切られるヴァイロ。二人のやり取りを見ていると気が重かったシアンであったが、緩み微笑んでしまった。
「さて………話を続けさせて貰おう………」
ここから完全にシアンが語り部となった。カスード家とは代々エドルを守護する生まれながらにして、エドルの地における代表的な家柄だ。
まずエドルについて少し触れる必要がある。エディウス等も辺境と言っていた通り、このアドノス島において最も小さな自治区。
老人や力を持たない者しかこの地域には残らない。
その下にあるエディウスが支配する活気に溢れるロッギオネとは対照的な場所なのだ。
そもそもエドルに生まれた者の多くが仕事を求めてロッギオネに移住するのである。
ただこのエドルには神殿の遺跡群が存在し、それらを守り抜くのがカスード家の存在意義の一つなのだ。
―それからカスード家に生まれし者は得手不得手こそあるが、不思議な力を秘めている。例えばこのようにだ。
「………シ、シアンッ!?」
「喋っていないのに確かに声がっ!?」
シアン以外のその場にいた誰もが、突然脳に直接響く声に騒然となった。
―フフッ……。これは口で説明するより速かろうと思ってな。まずこの力が相手の心に自分の考えを伝えられる『接触』だ。他にも……。
そしてシアンはお手玉も投げる様にナイフを放ると、宙で止めたり旋回させて見せた。
さらに自分の身を突然消してしまう。本物の魔術師がマジックショーを見せられているというあべこべな気分になった。
―ナイフを操ったのが『操舵』。そして私の身体を消した力が『不可視化』という名で呼ばれている。
「い、一体どうやってこんな力を………」
そのヴァイロの疑問は、皆の疑問でもあった。
―うーん……。それは何ともおこがましいのだが、カスード家の人間は己を神と定義し自己を高めようとする思想があるのだ。
―そんな我等がまず修行させられるのが己の深層意識との会話だ。
「そ、それが『接触』に繋がると言うのか?」
「うんっ! ごめんっ! ちょっと何言ってるか分からない」
―ハハハッ……。いや、自身そう思う。ただちょっと自分に置き換えて考えてみてくれ。
―ヴァイロ、君は自分が暗黒神の魔法を使える様になったことを説明出来るかい?
「……んっ? んんっ!?」
絶句する暗黒神。思えば自分を神と定義する魔法を生み出す行為とは、シアンの言うそれと大して変わらないのではなかろうか……。
―そしてリンネ。貴女のその不思議な音と声の力………。以前自分の血に流れている力と言ったそうだね。
「……はっ! う、うんっ!」
気がついたら使えるようになった力だ。
よって君はどうやって喋れるようになったのだと聞かれているようなものだ。
そんな禅問答みたいなことをされて、大いにリンネは頭を捻った。
―ハハハッ……。まるで要領を得ない説明で申し訳ない。早い話が自分の内に秘めた力を引き出せたかそうでないか。
―ただそれだけの違いであり、カスード家の民は、それを意識したに過ぎないってことかな。
ここでシアンは意識だけの会話を切る。何だか自分で気味の悪いことをしている様な気がしてきたし、何よりも魔導士が魔力を消費するかの如く疲労するのだ。
「本題に戻ろう。トリルは身体が不自由なのにこれらの力を自在に操る天才……と言うか、身体の自由すらこの力に奪われた不幸を背負っているかの様だったよ」
「何だか可哀想……」
「それでも本人は明るく振舞っていたのだ。見舞の花を持って往く度に私の方が救われていた。あの悲劇が起こるまでは……」
なるべく気丈に振舞っていたシアンであったが、思い返した所で流石に顔を曇らせた。
「カスード家の連中は己を神と定義している。私はさっきそう言った。その通りのことを連中は、やってしまった………」
「い、一体何を……」
「トリルが12の時だ。ベッドから起きれない身体であるのをいいことに、当主……すなわち父は、他のカスード家の連中と共に、操舵をトリルにかけて『不死鳥』を呼び出す詠唱を強制させた」
「不死鳥って確かシアンさんが半分だけ出した火の鳥?」
「そうだよリンネ。私のは君が見た通りの出来損ないで、本来の力の半分を出せていないし数分ともたない……。だが父は、こともあろうに実の娘を媒介にすれば完全な不死鳥が召喚出来ると考えたんだっ!」
遂にシアンの曇った顔に怒りが出現した。カスード家は神の一族。なれば何をしても許される。
そんな思考に至る父。そして自分にも同じ血が流れていると思うだけで、冷静な彼女の内に虫唾が走るのだ。




