第4話 白き側の錬成
打って変わり、此処はロッギオネの首都アディスタラ。
カノンと同じアドノス島に存在するが、この島最大の面積があるラファンを挟んだ東側に位置しているので、余り互いの交流がない場所である。
此処にも生きながらえにして神と称えれている『エディウス・ディオ・ビアンコ』という女性剣士が居る。
ヴァイロとは正反対に全てに於いて白を好み、普段の着衣から正装の鎧に至るまで統一している。
髪の色すら生まれついての白髪らしいが、草臥れた感じではなく実に美麗な煌めき。
ヴァイロと決定的に異なる事。それは自らも神を主張し、周囲にも徹底させている振舞いだ。
尤も従者達もエディウスを心底女神として敬愛の念を捧ぐ。
その名はロッギオネ内だけに留まらず、女神に祈りを捧げるべく訪れる旅行者や、それらをもてなす宿場としても大いに栄える原動力となっている。
この日エディウスは一人、神殿の最深部で騎士の姿で凛々しく立っていた。そこへ三人の女性が現れる。何れも片膝を落とし、恭順の意を示す。
「エディウス様、御要請の品と錬成陣の準備、整いましてございます」
「左様か」
三人の中央、残りの二人より少しだけ歩み出ている女性が進言する。
彼女の名は『ルオラ・ロッギオネ・ルマンド』。ミドルネームにその地域の名を冠している者は、大変優秀な存在と認められた証。
膝まで伸びたグレー系の髪色、白装束を纏い、首には紫色のスカーフをしている。
彼女はエディウス神に仕える者しか許されない特殊なスキル『賢士』。紫のスカーフは最高位を示す。
エディウスが最も信頼を寄せる一番弟子。歳は25とこの三人中の年長者。
胸元は広く開いており、スタイルの良い長い脚を惜し気なく晒してる。神に仕える女性としては露出が多過ぎる。能力が高い彼女だけに許された自由なのだ。
「し、然し恐れながらあの様な触媒で一体何を錬成されるおつもりで?」
ルオラの左後ろ。少々恐れ多い感じで喉を震わせながらお伺いを立てるのは、司祭の『グラリトオーレ・ガエリオ』。歳は23でありながら最高司祭の座についている。
黒く切り揃えた髪にほとんど露出のない出で立ち。御前なので脱いでいるが、普段は深く帽子を被り、その顔すら隠している。
勿体ないと思える程に綺麗な顔をしているのだが、性格的にルオラの様な押しの強い格好をする気にはなれない。如何にも聖職者といった体である。
「こらっ、グラリンっ! エディウス様のお考えに口出しするとは何て無礼なの!」
「ひぃっ! も、申し訳ございません……。あ、あとそのグラリンはお止め下さいぃ」
「だってグラリトオーレって面倒臭いじゃない」
ルオラの右後ろから注意をしたのは、修道騎士『レイシャ・グエディエル』だ。他の二人より圧倒的に若い17歳。
ただの一兵卒に過ぎないのだが、その剣術にはルオラやエディウスでさえ、期待をかけている程の実力者。
そもそもエディウスの守護職としての順位は、修道騎士、賢士、司祭の順なので、修道騎士というだけでその発言力は充分大きい。
ブラウンの髪に山吹色の大きな瞳。白い鎧こそ装備してはいるが、その細身でかつ女性としても決して高いとは言い難い身長。
如何にして騎士に登り詰めたのか不思議な体格である。
尚、エディウスに仕えし者は装備品も基本白を基調とするのだが、彼女が背負っている二刀は何れも刀身が漆黒を帯びている。
パーソナルカラーを許されているだけで、レイシャの実力は窺い知れる。
「よしなさいレイシャちゃん。御前ですよ」
「は、はい……」
ルオラが窘める。口調は柔らかだし、その顔は穏やかに笑っているのにレイシャは震え押し黙る。
ルオラの実力は、この三名の中でも折紙付きらしい。
エディウスが用意させたのは、別名『翼竜』と呼ばれるワイバーンの羽根・牙・心臓5体分。
金貨50枚。尖った大量の石ころは溶岩。他には研磨していないルビーなども混じっていた。
ワイバーンはモンスターの多いこのアドノス島に於いても希少種である。金貨や宝石の原石などはグラリトオーレがいう程、馬鹿に出来るものではない。
まあ彼女の質問の意図は触媒の質よりも、何を錬成しようとしているのかが不明瞭だという意味合いが大きい。
「フフッ……明日には正解を見せようぞ。後は我独りで行う故、今日はもう良い。下がれ」
「「はっ!」」
「エディウス様の御心のままに……」
三人に背を向けたままエディウスは答えをはぐらかした。歯切れの良い低音が効いた高貴な声に、ルオラ達三名は操られたの如く従順に反応し、その場を後にした。
「クククッ……ヴァイロとか言ったか? 若僧め、精々今のうちに楽しんでおくことだ。我自ら種を蒔いてくれようぞ」
エディウスは三人が去ってから、決して誰にも見せない表情で嗤った。
◇
全裸同士の男女がベッドで横になっている。
一人はリンネ、初めての行為に及んで疲れたのか、腕を枕に寝息を立てていた。
腕枕の主は言うまでもなくヴァイロであった。彼は寝ておらず、つい今しがたまで少女だと思い込んでいた女の寝顔を、複雑な表情で観察している。
──リンネ……俺だって男だ。何とも感じていない女と4年も共に暮らしたりするものか……。
12歳だった彼女を親のいない施設で見つけた時は、その不思議な能力に興味を抱いただけであった。
なれどこの同居人は、自分の事を上下何れにも扱わない心地良さが在るのを寝食を共にしながら気付く。
また、これ迄一度も褒めた試しがないのだが、リンネの歌声の前には、実は彼も虜なのだ。
特等席で聴けるこの独占、何物にも替えがたい魅力がある。
されど一刻の恋心と一生分の愛情は全く別だ。
──俺は此奴を前者の勢いだけで、抱いたのではないのか?
「いや、馬鹿な事を……彼女は大いに応えてくれたし、これからだって変わらんっ! ──んっ!?」
「もぅ…何なの?」
つい大きな声を出してしまったヴァイロ。リンネが驚いて目を覚ますのは必然。
彼女は自分が何も身に纏っていない格好を理解すると、今さら恥ずかしくなったか捨てたタオルを素早く拾い全身をしっかり包んだ。
「で……一体急にどう……した?」
真っ赤な顔でヴァイロの腕の中に戻るリンネ。ヴァイロは、事成してから自らの想いに悩んでいるなど言い出せない。
困った挙句、此方からの質問に切り替える。
「り、リンネ……お前は俺のどこがそんなに良かったんだ?」
「え……」
我ながら小賢しい大人だと思うヴァイロ。自分の想いが纏まらないから、相手から先に言わせようとしているのだ。